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最悪の出逢い
春特有のうららかな日差しが窓を通して奏の席まで届く。だが窓の外は春の嵐と言っていいほど強い風が吹きすさんでいた。
たっぷりと青葉を擁する桜の枝も風に煽られあちこちと揺らめいている。
放課後の教室内にはもうほとんどクラスメイトはおらず、奏はヴァイオリンケースを置いたままゆっくりと立ち上がる。
さすがにこんな日はあのチェロも窓を開けたり外で練習しているとは思えないが、毎日の習性で窓を開けた。
「うわっ!? 藤本!?」
窓を開けた途端、後ろから慌てた様な声が聞こえ、紙が飛ぶ音がした。
「あ、ごめん!」
奏は慌てて窓を閉めたが後のまつり。
後ろを振り返れば、台風にでもあったかのように大量の楽譜が床に散乱していた。
「おーい……」
クラスメイトの霧山諒介が呆然と楽譜の海を見つめている。
奏は慌てて窓の鍵を閉めるとそれを拾い出す。
「本当ごめん!」
「何でこんな風の強い日に窓開けたの?」
「悪かったってば」
奏はひたすら謝りながらコピーの楽譜を拾う。
諒介はクラス委員で、明日クラスメイトたちに配る楽譜を職員室でコピーし持って帰ってきたところだった。机に置いたところをタイミング悪く奏が窓を開けてしまったというわけだ。
運悪く今日の日直である奏と一緒に一部ずつクリップで留めて皆に渡せるようにする。
クラス人数が少ないとはいえ、楽器がバラバラなので当然各楽譜もバラバラ。面倒な作業になる。
それをばらけてしまったのだから諒介が呆然とするのも無理はなかった。
諒介は背が高く、真面目で繊細そうな顔に細いフレームのメガネをかけている。
蝶ネクタイとタキシードが似合う堅苦しそうなその容貌よりも意外とフレンドリーで誰に対しても分け隔てない気のいい男だ。
「一体何のために開けたんだよ? 美人でもいたのか? なら許すけど」
「いや、風強いなぁって単なる好奇心で……ごめん」
「……子供か、仕方がないな」
諒介は言葉を濁す奏に明るく笑って、手早く集めた楽譜を合わせて机でまとめた。
諒介には悪いが、あのチェロのことを誰かに言うのは憚れた。密かな楽しみとして秘密にしておきたかったのだ。
「今日もこれ終わったら練習していくのか?」
順番を直してくれと奏に半分楽譜を渡しながら諒介が聞く。
「え?」
純粋に驚いた。
クラスの人間が捌けてからいつも練習室に向かっているので、それを知っている人間がいるとは思っていなかったのだ。
どうして知っているのだという顔をしたのかもしれない。見透かしたように諒介は笑う。
「俺もたまにやっていくからさ」
「……そっか」
本当は誰かに知られたくなんてなかった。奏は自分でも思う以上に見栄っ張りなのだ。
『練習や努力をしている姿を見られるなんてできる人間のすることではない』
小さい頃から言われ続けた父親の言葉は刷り込み的に絶対だった。
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