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と、話は逸れてしまったが、奏は余計なことを頭から追い出して類の背中を見つめた。
「……それに消えちゃうのは自然現象なんだから仕方ない。そういうものだってわかってるから、一緒に見られなかったら次一緒に見ようって約束をする。そうしたら大切な人とまた会う口実にもなる」
思わずそんな言葉が出てからしまったと思った。またそんな子供みたいで乙女なこと言ったら笑われるに違いない。
それでなくとも子ども扱いなのに。
ゆっくりと振り返る類を恐る恐る見つめる。
「……類?」
予想もしていなかった表情に心臓が飛び上がった。
柔らかな優しい笑顔。クスクスと笑い出すのが意外で奏はポカンと類を見つめた。
「……お前ってほんと予想外の答えをくれるな」
「る、類?」
「お前の考えることは俺の斜め上を行くよ」
「……それってバカにしてる?」
言っている意味が分からなくて眉間にしわを寄せる。
「してない、褒めてるんだ」
腑には落ちないが笑う類がなんだか楽しそうでまあいいか、と思う。先ほどよりも晴れたような表情で虹を見上げる類の横、同じく見上げる虹は色を濃くして輝く。
「それより、諒介たちに教えるんじゃなかったのか? 早くしないと消えるぞ」
「そうだった!」
奏は諒介たちがいる個人ブースに向かう。
教えてあげたいと思う反面、なんだか教えたくない様な気もした。
類とふたり見上げる虹がどこか愛しくて。
「……また見る約束ができる、か」
類が小さく呟いた言葉は奏の耳には届かない。
ブースを開けると心地のいいヴァイオリンの音が流れてくる。
「諒介、今、虹が綺麗なんだよ、おいでよ」
そう言いながらふと類を振り返ってドキリとした。
見上げたままの綺麗な横顔。
小さく何かを呟いたようだが奏のところまでは聞こえない。
「……約束すればよかったのかもしれないな」
この時の類の泣きそうな、歪んだ微笑みが何を意味するかだなんて奏には見当もつかなかった。
だがそれは奏の心を揺るがすには十分で。
桜満開のあの日の類のように、心の奥するりと類が入り込んできた。
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