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「それにしても、ちょっと演奏が変わった気がするね」
「え?」
「もちろんいい方向によ? なんて言うか、ちょっと解放された感じがする」
「……解放」
「……叔父様、最近うるさく言わないんじゃない?」
「そうだね」
奏の父の性格を知っている佳織に思わず苦笑いした。
カルテットチームに選ばれて以来、前よりも奏の音楽に口出してくることはなくなった。
それほどの威力がカルテットチームにはあるわけで、ほんの少し複雑だ。
「でも、安定してないとはよく言われるよ。」
「まぁね、それは私もさっき言ったとおりだけど……それほど気にしなくていいんじゃない? 奏くんの持ち味を消してまで安定させることないと思うよ」
「でも晴兄はそれこそ天才って感じで安定してたよね」
「……晴は元々落ち着いた子だったしね。というか喜怒哀楽を殺すのがうまかったのよ」
いつも穏やかで優しかった晴の音楽はその人柄を現すかのような落ち着いた音楽だった。
「比べることなんてない。晴と奏くんは違うんだから」
「晴兄は俺の目標だったんだよ。だから比べるっていうよりは憧れの方が大きいよ。比べられないっていうか」
「奏くんは、晴にちょっと幻想抱きすぎだよ?……まあ叔父様の影響もあるんだろうけど、もっと自信持って? あなたにはあなたなりの良さがある。晴とはタイプが違うんだから」
励ますように佳織はいつもそう言ってくれる。
分かっている。
どんなに憧れたって、晴のように演奏はできないし、奏は奏でしかない。父親がどんなに晴を気に入っていたとしても、晴はもういない。
それなのに晴の幻影に奏は今もなお縋って囚われている。いや、囚われているというより言い訳にしてる。
ようやくそれを自覚してきた。
「ごめんね? 私、嫌なこと思いださせたよね?」
いつも奏と晴を比べていた父親のことを思い出させたと思ったのだろう。佳織が申し訳なさそうな顔をしてこちらを見る。
「ううん、大丈夫」
比べられる事など慣れていたし、奏は晴の演奏が大好きだった。
だが、晴がいなくなった今、ほんの少し安心している自分がいることも気づいている。
そんな変な葛藤に苛まれる時もあるが、以前も思ったようにあの頃よりは自分自身の音楽を見つめられているような気がする。
憧れと焦燥と、そんな感情が少しだけ穏やかになった。
それはカルテットチームに選ばれたっていう誇りと安堵からなのかもしれない。
「よかったらご飯食べていかない? 天音も喜ぶわ」
「いいの?」
「もちろん、爽太と雄貴が勉強見て欲しそうだったわよ?」
「雄貴はともかく爽太は俺よりもずっとできるでしょ」
「皆頑張ってるよね」
佳織さんの言葉に小さく頷く。
そう、奏も頑張らなくてはいけないのだ。
脳裏を類の顔が過る。
どうしてか今、あの寂しそうな横顔の意味を強く知りたいと思った。
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