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 爽やかな春の陽射しに眠い目を擦り、行儀悪く菓子パンを食べながら庭をぐるりと回ってみる。周囲を低い垣根に囲われた敷地は随分と広く、雑草が好き放題に生い茂り低木はぐいぐいと枝葉を伸ばしていた。ここも整える必要があるのかとげんなりするが、何せよ娯楽はほとんどない。時間はたっぷりあるのだ。ゆっくり処理していこう。  そんなことを思いながら表に戻った航は、池の前に立った。庭には子どもが十人は余裕で遊べるほどの大きな池があった。周囲を探索して、この池には山から引いた水を流していることがわかった。魚でも飼っているのだろうか、隠れ場になる岩や石造りの小屋が沈んでいる。水は透き通り、このまま手ですくっても飲めそうな気がしたが、流石にそれはやめておいた。  地面に片膝をつき、ポケットから袋に入ったあんパンを取り出し、パクつきながら少しだけ千切って池にかざす。魚がいれば寄ってくるに違いない。それともとうに餓死しただろうか。  ぽいとパンの欠片を放り込んだ。  岩陰から素早く泳ぎ出た魚影が一気に水面に上がり、その口にパンの欠片を吸い込んだ。 「うわあ!」  航は思わず悲鳴に近い声をあげ、バランスを崩して尻もちをつく。てっきり鯉か巨大な金魚でも隠れているかと想像していた彼には、思いもよらない生き物が水面に顔を出していた。 「早く! 腹減ってんだ!」  少女が池の縁から身を乗り出し、航に手を伸ばしていた。陽に輝く金色の長い髪に、銀色の瞳。透き通るように白い肌を持つ十代半ばほどの裸の女の子だ。細い右手が、がしりと航の足首を掴んだ。  化け物に引きずり込まれる。ひゃあと変な声をあげ、必死に彼女の手から足を引き抜く。「こら!」という声と共にばしゃりと顔に水がかかった。「ちょっとは落ち着け!」  水の冷たさに少々落ち着きを取り戻し、航は地面にへたり込んだまま池から半身を出す生き物をきちんと確認する。どうみても外国の女の子だ。彼女の指先が、地面に落ちたあんパンをさした。 「あーあ、泥がついちまった。もったいない。……まあ、ちょっとぐらいならいいか。早くくれよ!」  どうやら彼女はパンを欲しがっているらしい。震える手でそれを拾い、操られるようにパンを手渡した。彼女は濡れた手に持ったパンへ息を吹きかけて土を払い、ぱくりと口に含んだ。 「うえ、砂がついてる」  ぺっぺと吐き出す様子はまるで人間のものと変わらない。恐々身を起こし、まだ水の中に半身浸かったままの彼女を見下ろした。彼女の下半身には、青い鱗を持つ魚の身体が続いていた。
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