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 会社員時代の貯金でしばらくは暮らしていける目算だったが、日がな一日ぼんやりしていては、本当にボケてしまう。  祖父の古い自転車で十五分走った先の商店で、航はアルバイトを始めた。週に三から四日の勤務だが、老齢の女性は若い働き手というだけで歓迎してくれた。 「へえ、あんたがあのお爺さんの孫かいな」  商店に毎朝魚を卸しに来る老人に、航は愛想笑いを返した。村から少し外れた家に住む祖父は、やはり多少の変わり者として見られていたらしい。  日焼けした老人の腕は、発泡スチロールの箱を軽トラックの荷台から力強く下ろしていく。それを慌てて手伝うと、楡元(にれもと)という老人は感心した風に目を細めた。 「魚の餌ってどこで買えますか」 「うちで扱っとるよ。ほれ、そこだ」  魚の詰まった最後のひと箱を店に運んで尋ねると、楡元は煙草に火を点けながら荷台から下ろした小箱を指さした。商店の老婆に煙草くさいと追い払われ、しぶしぶ外に出る。さながら夫婦のような距離感だ。 「なんか飼うとるんか」 「まあ、人魚を……」  訝しげな視線に慌てて取り繕う。 「あ、釣れたらいいなっていうか。釣りやってみたいなと思って」  老人に勧められる煙草を丁重に断った。断られたそれを自分で咥え、楡元は美味そうに二本目を吸う。 「そりゃいいこっちゃ。道具はあるんか」 「いえ。もしかしたら、祖父の物が残ってるかもしれませんが」 「手入れされとるか怪しいやな。今度わしが、見繕って持ってきちゃる」  今更断ることもできず、航は頭をかいて礼を言った。
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