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 村から街に向かう二車線道路で、見覚えのある軽トラックの背を見つけ、アクセルペダルをベタ踏みする。対向車の来ないことを確認し、迷わず右手の反対車線にはみ出すと、そのまま左へハンドルを切った。楡元の驚愕する顔が鈍い音と共に遠ざかった。真横からの衝撃に軽トラックはバランスを崩すと狭い道路から脱輪し、左側前後のタイヤを田に落として止まった。  車から飛び出し、航は傾いた車体に飛びつくと運転席側のドアをこじ開けた。咄嗟に助手席のクーラーボックスを抱える楡元に怒鳴りつけ、奪い取ろうと両手を伸ばす。 「返せ!」 「返すもんか! こいつがどんだけの高値で売れるか……」 「ふざけるな!」必死にクーラーボックスへ指を絡ませる。「マナを返せ!」 「大体おまえのもんじゃねえだろう、池に流れ着いただけの魚と同じだ!」 「わけのわかんねえ理屈こねてんじゃねえ!」  マナは自分のものではないし、誰のものでもない。人間の益のためだけに殺されていいはずがない。  突然、クーラーボックスの蓋が開き、飛び出した尾ひれが楡元の顔を平手打ちのように叩いた。バチンと音がすると同時に手の力が緩み、その隙に奪取した航は自分の車に駆け戻った。助手席側から飛び込み、運転席に乗り移るとサイドブレーキを引く。軽トラックを飛び出した楡元が掴んだサイドミラーが折れたが、構わず雨の中を走り出した。 「ねえ、航、どこに行くんだよ」  助手席に放ったクーラーボックスから身を乗り出し、マナが問いかける。 「海だ。もうあの家には帰れない」  知られてしまった以上、マナをあの家に連れて帰ることはできない。必死に反論する彼女の声を無視し、航は海へとハンドルを切る。やがてマナは反発をやめ、その手をそっと航の腕に乗せてフロントガラスの向こうを見つめた。雨の中に、波立つ海が見えてきた。  いつ誰が追ってきてもおかしくない。自分が躊躇しないうちに、航は海辺に車を止め、マナを抱きかかえて砂浜を歩く。降りしきる雨が頭を叩き、シャツの腕を濡らす。雨に紛れて熱い雫が触れたのには気が付いたが、それでも踵を返すわけにはいかなかった。 「今まで、ありがとう」  腿まで海に浸かり、航は礼を言って腕の中の彼女を見つめる。潤む銀の瞳も航をじっと見つめ返した。ふと唇を航の頬に押し付けた彼女は、彼の腕から飛び出し、海の波の中に飛び込んで消えていった。  呆然と灰色の海に立つ航の手の中には、青く滑らかな一枚のウロコだけが残っていた。
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