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駅の改札口に向かって、理仁と十字屋は、静かに歩きながら、お互いの歩幅や、息遣いを気にしていた。
理仁は、十字屋を見れず、それでも、話し出した
「オムライスおいしかったです」
十字屋は、声を出さずに、ただ頷いた。
「豚汁も、ハンバーグも、肉じゃがも、それから…」
言葉をつづけられなかった、これ以上話していたら、息が詰まって、声が震えて、みっともなく泣き出してしまう。
理仁は、大きく息を吐いて、唇をかみしめて、勇気を奮いおこした、今伝えなくては、もう二度と話すチャンスがなくなってしまうだろう。
「写真が、一枚もなくて……
多分、父さんが隠したんだと思うんだけど
写真がなくて、顔がわからなくて、夢でも会えなかった」
理仁は、立ち止まって、十字屋を見た。
十字屋も、足を止めて、理仁を見上げた
「今度は、夢で逢いに来て。
お母さん…… 」
十字屋は、何度も頷いた。
「必ず、訪ねるわ」
十字屋は、一度うつむいて、目じりをそっと拭った。
顔をあげた、十字屋は、優しく笑っていた。
「こんなに、背が伸びたのね、私の腕の中に納まるほど、小さかったのに」
理仁の顔をしっかりと見ていたいのに、覚えていたいのに、目の前が滲んで、よく見えなかった。
「お母さん」
「一緒にいられなくて、ごめんね。
でも、ずっとみていたのよ、なんでも知ってるわ
泣き虫な事。
優しい事。
夕日が嫌いな事。
苦手な先生の事。
走るのが早いのに、縄跳びが苦手な事。
犬を飼いたかったこと…… 」
理仁の手を取ると、ゆっくりと握った、小さな子供とするように、大きく揺らした。
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