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最終話_母の願い
翌日、蒼矢は旅行先の旅館の部屋で、いつもより少し早めに目がさめた。
カーテンからもれ入る朝の日差しに目をしぼめながら、ベッドから上半身を起こす。
起きあがった姿勢のまま少しぼんやりとしたあと、視線を手元へ下げる。
すぐ隣には、布団から胸上を出し、両腕を大きく広げて寝ている烈の姿があった。
前日夜、お互いに求めるままに抱き合い、唇を寄せ合った蒼矢と烈は、ひとつのダブルベッドにふたり身体を寄せて眠りについた。
昨日の夜の出来事を思い出し、蒼矢は頬を染めくすぐったそうに笑い、幸せな表情で眠る烈の唇へ軽くキスを落としてから、彼の寝顔を上から見守った。
しばらく寝顔を堪能したあと、蒼矢は烈を起こさないようベッドから立ちあがり、間接照明の明かりだけを灯す。
肩から外れ、腰に緩くまとわりつく浴衣を着直し、ミネラルウォーターの入ったペットボトルへ手を伸ばす。
すると、たたんで置いておいた着衣の上のスマホが震えはじめる。
こんな朝早くに誰が何用かと、蒼矢は首を傾げながら手にとり画面を確認する。
「…!」
受電した相手は、母の結子だった。
蒼矢は少し目を見張り、ベッドから離れ部屋の入口の方へ移動してから、画面をフリックする。
「――もしもし。おはようございます、母さん」
『おはよう、蒼矢。そちらはまだ朝早いわよね? ごめんなさい、まだ寝てた?』
「いえ、さっき起きたところです」
『そう、よかった。さっきお友達とビデオ通話して、帰国報告を頂いたの。…カレンちゃんから聞いたわよ、あなた彼女につき添ってる間に怪我したんですって?』
「! ああ…」
やや強張る母の声色に、蒼矢は一瞬言いよどんで言葉を返せなくなった。
『大丈夫なの? きちんと通院してるんでしょうね…?』
「あ…はい。もう痛みはありませんので、大丈夫です」
『そう…。聞かされた時、お母さん心臓が潰れるかと思ったわ。…なにかあったら都度きちんと報告してちょうだい、離れててもあなたのことは常に気にかけてるのよ。…あまり心配させないで』
「はい、すみませんでした」
息子から最も聞きたかった事実確認が終わると、結子は声のトーンを元に戻す。
『…おふたりとも、とてもいい旅になったそうよ。1週間じゃ足りないくらい、沢山いい思い出ができたって』
「…そうですか。それはなによりです」
『あとカレンちゃん、あなたにとても感謝してたわ。あなたと一緒に過ごしたのは最初の1日だけだったけど、一番思い出に残ってるって』
「え…」
『見送りまでしてくれて、感激したって。彼女のあんないい笑顔が見られて、私も嬉しかったわ。ありがとう蒼矢…あなたは本当に、私の自慢の息子よ」
「…はい」
『カレンちゃん、あなたにはこれからもずっとお友達でいて欲しいそうなの。ビデオ通話ならいつでもいくらでも連絡とり合えるし、是非そうしてあげて』
「そう言ってもらえて、俺も嬉しいです。…わかりました」
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