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川崎はひと息つき、改めて蒼矢へ問いかけた。
「わかった。で…その別件についても、今はもうなんともないんだよな?」
「うん。全部終わった」
「それならよかった。話してくれてありがとう」
「俺のほうこそ、君たちには感謝してる。…本当にありがとう」
「ん?」
「ふたりがいてくれなかったら、こうして何事もなく過ごしてないかもしれない。…俺が今ここにいられるのは、君たちのおかげだよ」
言葉の意図が図れず、ぽかんとした表情を並べる川崎と沖本に、蒼矢はそれ以上語ることがないままくすりと微笑った。
「わるい。ちゃんとは伝えられないんだけど、感謝の気持ちだけは受けとって欲しいんだ」
「…? うん…まぁ、くれるっていうなら有難くもらっておくよ」
会話を重ねるとともに、蒼矢の表情から徐々に緊張がほぐれていった。
ふと素の表情になる彼から、内に溜まっていたのだろう本音がぽろりと漏れ出て来る。
「…俺は、自分に正直でいたかったから…影斗先輩の望む関係には応えられなかった。俺も先輩も自身の想いは曲げられないから、どんなに代わりの言葉を並べたてても、傷つけてしまうことは避けられなかった」
「…」
「でも…先輩は、最後まで変わらず優しかったよ」
少し頬を染め、思い出される情景を噛みしめるように話す蒼矢に、川崎と沖本は黙ってうなずいてやった。
おおむねの目的部分を共有できたところで、少し早めのランチも食べ終え、おひらきの流れになる。
すっかりリラックスした表情の蒼矢とは対照的に、川崎と沖本はいまだに面差しを強張らせていた。
ふたりひそかにアイコンタクトを送り合い、言い出すタイミングをうかがう。
そして、蒼矢が空のプレートを手に席をたった瞬間、沖本が一声を放った。
「…髙城!」
「ん?」
「…俺たち、もうひとつだけお前に確認しておきたいことがあるんだ」
洗いざらい事情を明かしたあとになっての問いかけに、蒼矢は立ったままふたりへふり向き、小首をかしげた。
見当がつかないといった風な面持ちの彼へ、沖本はゆっくり問いかけた。
「……お前今、好きな誰かとつき合ってたりするのか?」
蒼矢は、やはりぽかんとしたままふたりを黙って見返す。
「……」
沈黙がおり、彼らをとり巻く空気の流れが止まる。
しかし川崎と沖本は、その時が止まったような空間の中で、見紛いようがない変化をしっかりと捉えることができていた。
「……!!」
ふたりの眼前で、蒼矢の白肌に差す赤みが頬から一気に広がり、首にまでおりていく。
今までにないくらいに見開かれた大きな瞳が、数回瞬いてから細かく震え、ふたりの視線から避けるように足もとへ落ちる。
なにかを言おうと桜色の唇が微かに開くがすぐに噤まれ、音声になる前に言葉は喉の奥へ飲み込まれる。
「…」
川崎と沖本は、蒼矢につられるように揃ってごくりと喉を鳴らしていた。
わずか数秒の光景だったが、その本人も制御しきれない感情の昂りを目にし、回答なき回答を得たのだった。
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