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『あんまり気になるなら帰ってくればいいんじゃない。なんか、壁も薄いみたいだし』 「壁?」 『話し声が聞こえるよ。‘‘ユウジロウさん‘’って女の人の声が……』 「いや、こっちは静かだけど……両隣は誰も」  住んでない。  そう言おうとした耳元で、ひゅっと息を吸う音が聞こえた。 「ユウジロウさん」  はっきりと、誰かが、千咲の耳に息を吹き込んだ。誰もいない筈の室内で。けれど確実に何かが後ろにいる。  ぞわぞわと全身の毛が逆立って、冷たい汗が吹き出す。ゴツン、と取り落とした携帯を拾って部屋を飛び出し、風呂場に逃げ込んだ。 『……千咲くん、大丈夫? すごい音したけど』  イヤホンからいるかの声がする。携帯に向かってひきつった声で「部屋に誰かいる」と告げた。 「み、耳元で呼ばれたっ……ゆ、ゆうじろうさんって……!」  恐慌状態に陥りそうな千咲を『落ち着いて』といるかが宥める。 『今から迎えに行くから、準備だけしておいて。明日の講義は……ま、午前中は諦めてね』 「わ、わかった」 『電話は切らないで。何かあったらすぐに教えて』  彼の声が急に真剣なものになっていて、千咲はどきりとする。  いるかは常々、自分の知覚しているものが、生きているのか死んでいるのかわからないと語っていた。彼に聞こえて、自分に聞こえないのなら、それはつまり、そういう事だ。
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