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「……なんで、急に」
『たぶん、僕のせいだね。僕が伝えることで、千咲くんは彼女たちを認識してしまった。接触する絶好の機会を与えてしまったわけ。ごめん。……僕はなるべく聞こえたものについては話さないようにするから、千咲くんも見ようとしないで』
「た、頼まれたって見たくないっての。教頭の尻の穴」
『はは、その調子その調子』
軽口の応酬に肩の力が抜ける。
ピン……ポーン……
「!」
そこへ、インターホンの音が響いた。再び肩を強張らせた千咲の耳に『鍵は?』と聞こえてくるので「かけてある」と返す。
『見に行くの?』
「い、一応。大家さんかもだし、それに、外でお前待った方が良さそうだし」
『……すぐには開けちゃ駄目だよ。声もかけないで』
ぴりぴりとした声に小声で「わかった」と返しながら風呂場を出た。
部屋には誰もいない。当たり前のことにほっとしながら、忍び足で玄関に向かう。少し覗きづらい位置にあるドアスコープに、怖々と右目を寄せた。
ドアの前にいるのは先輩だった。黒いジャージを着て、足元はビーチサンダルを履いている。手ぶらで、薄く微笑んでいた。
「先輩だ」
『待って』
開けようとした千咲を、いるかがぴしゃりと止めた。「でも」と戸惑う千咲を『いいから』と言い含める。
「どうして開けてくれないの?」
先輩の――坊主頭の巨漢の口から、不釣り合いな甲高い女の声がした。
「ゆうじろうさん」
艶めいた声で呼んだ先輩の顔が、ぐにゃりと歪む。粘土で出来た顔を捻ったような、非現実的な歪みを繰り返し、また別の形になる。
「これなら、入れてくれる?」
茶髪の猫っ毛。幼く見えるが整った顔立ち。今、電話の向こうにいる筈のいるかの姿で、微笑みかけてきた。
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