行きつけの店

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行きつけの店

 とある場末の店に、革ジャンを羽織った男が1人、わき腹を強く押さえながら入ってきた。  先客は、カウンターに1人だけだった。厚手の綿シャツ姿で、入ってきた男より、ひとまわりほど若そうな男だ。その人はふり向いた。 「よう。」 「よう。」  二人は知り合いらしい。短い挨拶を交わした。  歳かさの男は友人の隣の席にケツをずり上げるようにのせて、「マスター、いつもの。」と片手を少し挙げた。友人が目だけ向けて言った。 「アタリメか?」 「アタリメーだよ……ぐはっ!」  友人にお決まりのジョークを吐いて、男は床に崩れ落ちた。  友人は静かにその傍らにしゃがみ、男の手首を触ってから、体を抱えあげた。 「また戻る。今両手がふさがってる。勘定はその時に。」 「明日でかまわないぜ。床は拭いておく。」  真顔で言ったマスターに、力ない、だが感謝の色の笑顔が返された。
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