胡蝶之夢

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胡蝶之夢

「ただいま」  マンションの部屋の玄関。  夫の仕事部屋のドアが半ば開いているのを確かめてからリビングに向かって告げ、もうすぐ六歳になる幼稚園の制服姿にお下げ髪に結った娘に声を掛ける。 「玲羽(れいは)ちゃんはお手々(てて)洗ってうがいしようね」  コロナ禍に入って三年半。  もう世間ではこの肺炎流行が収まったことになっているが、夫の仕事はこのパンデミックを機に殆どテレワークに移行したままそれがデフォルトになった。  今日は娘の玲羽が幼稚園が午前保育になる曜日で昼食は家で取ることになっている。  しかし、夫がテレワークの昼休みを取る時間と幼稚園から娘を連れて帰宅する時刻にはしばしばズレがある。  このため、この曜日は食卓に夫の分の昼食だけラップを掛けて置いて出て、私たちの帰宅前に昼休みに入った場合には自分でレンジで温めて食べてもらうようになった。  リビングのガラス貼りのドア越しに電子音楽のメロディーが流れてきた。  またやってる。  半ばウンザリしながらドアをガチャリと開ける。  昼食のチキンステーキに掛けたバジルソースの匂いが鼻先を通り過ぎた。
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