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 祠を建ててから、村が洪水に襲われたことはない。  少なくとも明治時代以降は、そういう記録は残っていない。  浄光寺の住職が、伸吾の家に来たときに教えてくれた。  理由ははっきりしない。祠を建てたとき、堤を高くしてよく固めたので、壊れにくくなったのかもしれない。昔よりも、北間川の水量が減ったのかもしれない。  でも、伸吾は祠の地主神のおかげだと信じている。  地主神は、確かにあの祠にいる。  なぜなら、たった一度だけだが、伸吾は地主神に会ったことがあるのだ。  あれは、鶴巻の爺ちゃんの葬式が終わって、一週間ほどたった頃だった。  伸吾は、祠のことがずっと気になっていた。  祠は川のそばにあるので、小さな子どもだけでは行かせてもらえない。  一緒に掃除に行っていた鶴巻の爺ちゃんが亡くなって、伸吾は祠へ行けなくなった。  爺ちゃんが入院した頃からだから、もう半年近く祠の掃除をしていなかった。 「地主神さまが心配するといけないから、祠へ連れて行ってよ。掃除をして、鶴巻の爺ちゃんが亡くなったことをお知らせして、お花を供えてきたいんだよ」  伸吾が頼むと父親は承知して、すぐに祠へ連れて行ってくれた。  二人で落ち葉を片付け、祠をきれいにした後、家の庭で摘んできた花をそなえた。  伸吾が祠の前で、地主神に爺ちゃんが亡くなったことを伝えていると、突然、生暖かい風が吹いてきた。さっきまで落ち葉をまとめていた父親は、祠の横の杉の木に寄りかかるようにして座り、いつの間にか居眠りをしていた。 「しばらく顔を見せないと思ったら、鶴巻の有三が亡くなって来られなかったのか? 寂しいことだのう、伸吾――」  祠の陰から、変わった形の白い着物をきた女の子が現れて、悲しそうに伸吾に言った。  伸吾が、一度も見たことのない女の子だった。  村には子どもが少ないから、赤ん坊以外はみんな知っているし見分けがつく。  よその村の子どもかと思ったが、鶴巻の爺ちゃんや伸吾の名前を知っている子どもが、よその村にいるとは思えない。 「おうおう、うっかりしておったわ! おまえに姿を見せるのは初めてじゃったな? わしは、########と申す。おまえたちが、地主神さまと呼んでおる者じゃ」  その頃小学二年生だった伸吾には、地主神の名前は上手く聞き取れなかった。  神様だと名乗られれば、服装と言い言葉遣いと言い、なんとなくそんな感じに思えた。  背格好は、幼稚園に通っていた妹の明日花と変わらなかったが、妙に堂々としていて偉そうなのは、やっぱり神様だからなのかなと伸吾は思った。
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