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④
やがて伸吾が小学三年生になり、一人で祠に行くことが許されるようになってまもなく、祠の引っ越し話が持ち上がった。
北間村では、もう長いこと堤が切れることはなかったが、下流の村や町は、ときどき水害に襲われることがあった。
「ちゃんと堤を直して、地主神さまの祠を建てておけば良かったんじゃよ!」
鶴巻の爺ちゃんが元気だった頃、フンと鼻を鳴らしながら、そんなことを言っていたのを伸吾は思い出した。
時代は変わり、今は、行政機関が責任を持って水害対策を行わなければならない。
北間村に比べて、開発が進んだ下流の村や町は、川のすぐ近くにも住宅が建っていた。
そこでは、だいぶ前から最新の工法による新しい堤防建設が始まっていた。
ついでにというか、念のためというか、上流の北間村の堤防も同じ工法で作り直すことが決まったらしい。
「新しい堤防の建設には、地主神さまの祠と森が邪魔になる。神さまには申し訳ないが、今まで村を守ってくださったお礼の気持ちを込めて、高台に新しい立派な祠を建て引っ越していただくことになったんだ」
伸吾は、村役場で開かれた説明会に行った父親から話を聞いた。
祠の引っ越しについて、反対を唱える村人はいなかったそうだ。
鶴巻の爺ちゃんが生きていれば反対したかもしれないな、と伸吾は思った。
「祠の引っ越しに当たっては、村人総出で祠に詣でることになっている。そして、神社の神主さんがきちんと祝詞をあげ、地主神さまに立ち退きを受け入れてもらい、新しい祠にお移りいただく。けっして、地主神さまを粗末に扱ったりはしないよ」
祠の掃除を続けていた伸吾を安心させようと、父親は引っ越しの手順をきちんと説明した。伸吾だって、新しい堤防の建設が必要なことはわかっている。
この先、建設に反対したために村の堤が壊れて、そこから溢れた水が下流にも被害を出すようなことがあれば、反対した者が非難されることになる。
今まで大丈夫だったからといって、この先も大丈夫だとは限らない。
伸吾は、人間の都合で引っ越さなければならない地主神を気の毒に思った。
自分だって九歳になるまで暮らしてきたこの家から、突然追い出されることになったら悲しい。新しい家へ引っ越すだけだと言われても、きっと嫌な気持ちになるだろう。
ましてや地主神は、何百年もあの祠で暮らしてきたのだ。
いくら新しい立派な祠を用意されても、簡単には納得しないかもしれない。
(でも、あの優しい神さまは怒って祟ったりしないで、『そうかえ? じゃあ、引っ越そうかのう』とか言って、おとなしく引っ越してくれる気がする。神さまを自分勝手だなんて思ったけど、人間の方がよっぽど自分勝手だよ!)
祠で地主神と会ってから一年あまり――。
あれっきり、伸吾が地主神に会うことはなかったが、祠へ行くとその気配を感じることはあった。森を吹き抜ける風に、若葉を透かして射し込む光に、神は確かに宿っていた。
(おれが、神さまに知らせよう。引っ越ししなきゃいけないってことを――)
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