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 その日も伸吾は、いつものように掃除道具を持って一人で祠へ出かけた。  河村の婆ちゃんの家の前を通ったとき、庭の花の手入れをしていた婆ちゃんが、伸吾の姿を見て花を切って持たせてくれた。 「伸ちゃん、いつもありがとうね、地主神さまの祠を掃除してくれて。鶴巻の有三さんが亡くなって、祠はどうなるのかと思ってたけど、ちゃんと伸ちゃんに引き継いでいたんだねえ」 「うん。でも、来年になったら祠は引っ越すから、おれの役目ももうすぐ終わりだよ。新しい祠は、神主さんの家族が掃除をしてくれるんだって」 「そうかい。それじゃあ安心だ。祠のお世話もあと少しってわけだね」 「ああ、うん。お花ありがとう、婆ちゃん!」  伸吾は、河村の婆ちゃんに別れを告げ先を急いだ。  祠に着くと、まずは雑草むしりからとりかかった。  抜いた草は、日が良く当たる場所に広げてしっかり乾かした。  その間に祠の汚れを拭き取り、土にさした竹筒に、水を入れて花を生けた。  一通り作業を終えて伸吾が祠に祈っていると、良い香りのする温かな風に乗って、懐かしい声が聞こえてきた。 「フフッ、伸吾、今日の花は芍薬(しゃくやく)か? よく香っておるのう」  伸吾の目の前に、地主神がちょこんと立っていた。 (あれ? 神さま、少し縮んでる?)  地主神の顔が思ったよりも下にあったので、伸吾はそんなことを考えた。  だがすぐに、自分が大きくなってしまったんだと気づいた。  地主神は変わらない。きっと鶴巻の爺ちゃんが子どもだった頃も、今と同じ姿をしていたに違いない。同じ顔で同じ声で、笑っていたことだろう。 「今日は、『雲当て』をしようぞ! 堤に出て、雲を眺めるのじゃ。雲が何に見えるか考えて言い合う遊びだ。勝ち負けはない! さあ、行くぞ!」  跳びはねるように前を行く地主神を追いかけて、伸吾は堤を駆け上がっていった。  二人で堤に寝転び、空を見上げた。  いろいろな形の雲が、たゆたうように空を流れていた。 「あっ! ひよこ!」 「違うな! 倒れかけた雪だるまじゃ!」 「ふわふわの雪で作った雪だるまかな!」 「あれは、亀かのう?」 「ううん! つぶれたシュークリーム!」 「ほう! つぶれても旨そうじゃ!」  雲は動いているが、時間は止まっていた。  川のせせらぎは聞こえない。鳥の姿も見えない。  この世界に、二人だけが取り残されたように閑かだった。  突然、言いようのない寂しさを感じて、伸吾はぽろぽろと涙をこぼした。 「伸吾、泣かずとも良い! 世の中も人の心も、時の流れと共に変わる。じゃが、時の流れは人を育てもする。もう、わしの力をあてにせずとも、大水を押さえるだけの力を人は手に入れたのじゃ。それはそれで、喜ばしいことよ!」 「神さまは、祠の引っ越しのことを知ってるの?」 「ハハハッ! 神は何でも知っているのじゃ! 隠し事などできぬぞ!」  地主神は、ひょいっと上体を起こすと、にぃっと伸吾に笑いかけた。
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