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 伸吾が一人で道を歩いていると、見慣れぬトラックがゆっくり彼を抜かしていった。  どうやら、北間村の奥にある高台へ向かっているらしい。 (ああ、新しい(ほこら)ができあがって、大工さんが運んできたんだな?)  伸吾は、ぼんやりとそんなことを考えながらトラックを見送った。  そして、そろそろ「最後の掃除」をしに行こうと心に決めたのだった。  *  村を流れる北間川は暴れ川で、昔から大水を出して、川沿いに暮らす人々を苦しめた。  そのたびに堤が築かれたが、北間川はおとなしくはならなかった。  とはいえ、川が生み出した肥沃な土地や北間川の豊かな水を手放すのは惜しかった。洪水を恐れながらも、多くの村人は、この土地にしがみついて生きていくことを選んだ。  江戸時代の後期、大雨が降ったあと北間川が派手に暴れて、田畑をだめにするだけでなく死人が出るような騒ぎになったことがあった。  一昨年亡くなった鶴巻の爺ちゃんは、一緒に祠の掃除に行くたびに、そのときのことをまるで見てきたように伸吾に話した。 「川の近くの田畑が水浸しになってな、その年は米の収穫も大きく減ってしまったんだ。小作人の家が五軒流されて、三人が溺れ死んだそうだよ。さすがに、村を捨てる者も出始めて庄屋さんも頭を抱えたらしい」  幸い飢饉にまではならなかったが、安心はできなかった。  堤の切れた部分を修理し、もう少し土を盛っておこうという話になった。 「するとな、堤沿いに土地を持っとったうちのご先祖様が、堤を直すついでに祠を建てようと言い出したんだそうだ。堤に続くうちの土地の一部に木を植えて森を作り、地主神さまをおまつりしようってことだよ」  大昔、この辺りに最初に住みついた人々は、地主神に祈り、その許しをもらって森を切り開き田畑としたと伝わっている。村には神社があったが、それとは別に祠を建てて、地主神に川を鎮めてもらおうと考えたのだった。 「そりゃあいい考えだということになって、みんなで力を合わせ、堤を広げて木を植え、そこにこの祠を建てたんだよ」 「地主神さまは、村の人を助けてくれたの?」  伸吾がきくと、鶴巻の爺ちゃんは胸を張って答えた。 「ああ、この祠を建ててからは、一度も洪水は起きてないって話だ。地主神さまは、村が大水にのまれないように、北間川の龍神さまをなだめてくれているんだよ」 「だから、この祠をだいじにしなきゃいけないんだね」 「そうだよ、伸吾。俺がいなくなっても、村のために祠の手入れを続けてくれよ」 「うん、わかったよ、爺ちゃん」  爺ちゃんが亡くなった今でも、伸吾は祠の掃除を一人で続けていた。  祠のまわりの落ち葉を集めたり、祠の屋根や扉を丁寧に拭いたり、小学校四年生の伸吾にできることは限られているけれど、感謝を込めて手入れをしている。  だけど、それももうすぐ終わる。  祠は、近いうちに引っ越すことになっているのだ。
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