51人が本棚に入れています
本棚に追加
「うそ、麻乃さん、今日休みなの……!?」
まるで世界の終わりかと思うような真奈美の声に、彩夏は思わず飲んでいたコーヒーを吹き出しそうになった。
「なんか風邪引いちゃったらしいよ。朝電話あったって」
「そうなんだ……」
「ここ数日、今日の会議のために資料作り頑張ってたけど、もしかしてその無理が祟ったのかな」
「うう、麻乃さん、私が不甲斐ないばっかりに……っ」
「いや、別に真奈美のせいじゃないと思うけど……っていうか真奈美、残念だったね」
「えっ、なにが?」
「今日、一緒にランチする予定だったんでしょ、麻乃さんと」
「なんでそれ知ってんの!?」
「いや、一昨日二人で話してたじゃない、ここで」
向かいの空席のデスクを指さしながら、呆れて真奈美を見やる。
地域の情報誌など複数の雑誌を手掛けているこの会社で、若手ながらめきめき頭角を現している真奈美。いつもどこぞの女性誌から飛び出してきたかのようにびしっと決めている、そんな何事にも手を抜かない彼女が心酔しきっているのが、チーフである麻乃悠人その人だった。
「もしかしてだけど、私がいたのに気付いてなかったとか?」
「い……いや、そういう訳では、ないですけど……」
「ふーん、まぁ、いいですけど。……にしてもさ」
「な、なんでしょう……」
「彼氏はどう思ってるの、麻乃さんのこと」
「どういうこと?」
「だって、彼氏にもきっと麻乃さん麻乃さん言いまくってるんでしょ? それはさすがに良い顔しないんじゃないかって」
「……」
「ほらやっぱり」
「いやいやだって、麻乃さん、仕事できるし、落ち着いてるし、親身になって相談に乗ってくれるし、カッコいいし……」
「……カッコいいかなぁ」
「カッコいい!」
真奈美はがんとして譲らないが、だいぶ欲目もあるよね、と思う。確かに麻乃は背もまあまあ高いし、何かスポーツでもやっていたのか、妙にスーツが映える体格の良さもある。でも、決して整っていないというわけではないが地味目な顔立ち、髪型も学生時代から変えていなさそうなショートカットで、一般的なサラリーマンといった風貌にしか見えないのだった。
「ま、まぁ、仮にそうだとしてもよ? それをよりにもよって彼氏に言っちゃったらさぁ――」
「お疲れ様です」
突如部屋に響いた、低い声。
二人は同時にドアの方を振り向く。
そこにいたのは、志那川智哉――今年の四月からマネージャーとして配属された男だった。
最初のコメントを投稿しよう!