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「人の心?」
「つまり、思いやりってことよ! あの人のせいで、私たちがどれだけ苦労してきたことか……それなのに、ねぎらいの言葉ひとつ無いなんて!」
「まぁ、それはねぇ……」
確かにそれについても分からないでもないのだった。
実際、今までの何でもOKな適当上司だったときに比べて、仕事はずっとハードになった。少しでも手を抜こうものならば、自分らにではなく麻乃に指導が入る。それを目の当たりにして、この半年間はかなり緊張感のある中で仕事をしてきた。
その努力が実り、この雑誌氷河期の時代、横ばい状態を維持するのに精一杯だった売り上げをわずかにでも伸ばすことに成功したのだが――
『まぁ、少し持ち直したというだけですから。そこまで喜べるような変化とは言えないと思いますがね』
志那川の口から出てきたのは、そんな冷たすぎるセリフだけだった。
「私たちはチームでやっているわけでしょ? それなのに、皆の頑張りに感謝するどころか、やる気を削ぐような言い方しかできないなんて、そんなのリーダーにあるまじきことよ。そんな人間がアルファなわけないじゃない!」
真奈美はそう言い切るとつけあわせのポテトをがつがつと平らげていく。
彩夏はそんな猛り狂った彼女をぼんやりと見ながら、学生時代、保健体育のテキストに載っていたある一文を思い出していた。
『個人差はありますが、アルファは特別な能力を持っていることが多く、特に人をまとめるリーダーとしての才能を発揮する人が一定数います』――
何をもってリーダーの才能とするのかは分からないが、確かに真奈美の求めるリーダー像に志那川はかすりもしないだろう。
ただ、彼女がお気に召さないのは彼の言動だけではないらしく。
「それにね、私、あの格好も無理なの!」
「格好って……何が?」
「だから~、あの身体のラインを見せつけるみたいなピッチピチのスーツのことよ!」
「あああれね。でも、似合っていれば別に――」
「生理的に無理なの!」
まわりに誰もいなくなったせいで完全に遠慮というものがなくなった真奈美は、さらにつらつらと志那川の気に食わない点をあげつらう。
「あのいかにも高そーなバッグとか! 小一時間かけて磨きました~って感じのツヤッツヤの尖った靴とか! というかそもそもこの職場にあんなバッチバチのビジネススタイルで来る必要あるのって話でしょ? で、極めつけはあのキザな眼鏡! ちなみにあれ、アル○ーニよ、アル○ーニ! あんなのね、アルファじゃなくってただのナルシストよ、ナルシスト! もし仮にアルファだったとしても、寄り付くオメガなんて誰一人いないでしょうね!」
「……」
いや別にキザでもないしアル○ーニは関係ないんじゃ……と思ったが黙っておく。これでもかというぐらい貶しまくった真奈美は多少すっきりしたのか、運ばれてきたオレンジジュースをぐびぐびと飲むと、デザートもいっちゃおうかな~とメニューをめくり始めた。
今度こそダイエットするって一昨日言ってなかったっけ……と突っ込みたくなるのを堪えて、彩夏は力なくため息を吐いた。
(もう少し、協調性ってものがあるといいんだけど……お互いに)
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