チートもざまぁも追放も、この世界には全てが無い。

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 しばらくすると、男が言っていた通り、男女二人がやって来た。  ……男女二人、というより、「子供二人」が正しいが。  片方は黒髪黒目で、髪を肩より少し長いくらいまで伸ばしていて、俺より少し年下に見えるボーイッシュな格好をした女の子。  もう一人は茶髪の片目隠れで、青い瞳をしていて、赤いマフラーを巻いている男の子だ。少年の方は、少女よりもう少し年下に見える。  彼らは俺に気が付くと、手を振って呼びかけてきた。 「すみません、こっちにドラゴンが――って、うわぁ! これ岩山じゃなくて、ドラゴンの死体!?」 「あの、俺、このドラゴンに襲われてたんだけど、通りすがりの人に助けてもらって……」 「そうなんですか? ちなみに、その方はもういってしまったんですか?」 「うん、あっちの方向に行っちゃった」 「確か向こうって、廃墟しかないはずだけど……」  少年の方は年の割に落ち着いた性格のようだが、少女の方は年相応な感じで、両手を頭の後ろで組み、まるで楽しみだったイベントが中止された時のようなふくれっ面を見せた。 「あーあ! とんだ無駄足になっちゃった。せっかく久々の大物退治の依頼だったのにー。ぶー」 「いいじゃないか。被害らしい被害も出ていない、それだけで充分だよ」 「そりゃそーだけどさー……てかキミ、こんなところで何してたの?」 「ええと、その事なんだけど……」  信じてもらえないかも知れないけど、と一言前置きをして、俺は事のあらましを二人に伝える。  本から光が溢れて、気が付いたらここに居たこと。ドラゴンなんて想像上の生物で、俺の世界には実在していないこと。魔法も物語だけの存在だということ。それらを、全て。  話している途中で、二人揃って「異世界転生したぁ!?」とハモって聞き返してきたのが、何となくこの二人の仲の良さが現れているように思えた。 「どう思う?」 「うーん……事実かどうかはともかく、自衛能力が無いなら都市まで連れてってあげたいって、ぼくは思うけどな」 「はぁ〜……本っ当にお人好しだよねぇ」  正直に全部話したけれど、二人共あまり信じていないようだ。当然と言えば当然なのだが、何だか少し、悲しかった。  ともあれ、少女の方は呆れたようにこれ見よがしにため息をついているけれど、少年の意見を拒否する訳ではなさそうだ。街まで連れて行ってもらえることになって一安心だ。 「そういえば、自己紹介がまだでしたね。ぼくはアッサムといいます。こっちはジョーカー。こう見えてぼく達、近くの都市の冒険者ギルドに所属している、冒険者なんですよ!」 「んで、ボクらは名乗ったんだから、キミの名前も教えてくれない?」 「俺は希。明望希だよ」 「ふーん、ノゾミね。変わった名前」 「ジョーカー、失礼だよ!」 「ああ、いいよ別に。日本人の名前って、ここみたいなファンタジー世界だと浮きやすいのは理解出来るし」 「お、いいね。そーゆー心の広い人、ボク好きだよ」 「ぼくは君のそういう所、直して欲しいっていつも思っているんだけどね……」 「にゃはは。諦めろ」  お互いに自己紹介も済んだ後、ドラゴンが討伐された証拠として鱗を剥ぎ取ってから、俺達は街へと向かった。  二人に連れられて街に到着した俺は、街の防壁内に入って割とすぐの所にある冒険者ギルドの中に入り、アッサム達の案内で個室に連れて行かれた。  しばらくすると、金髪で背の高い、緑色の瞳をしている男性がやってきた。耳が長くとがっていて、ゲームによく出てくる「エルフ」という人間に似た種族のキャラクターを彷彿とさせた。  切れ長の目がきつい印象を出していて、ちょっと尻込みしてしまう。顔立ちが美形だから尚のこと圧がある。 「待たせてしまってすまない。私がここのギルド長、グリンデルだ。部下から事のあらましは聞いているが、念の為、改めて君の口から話を聞きたい」  そう話すエルフ――グリンデルは、どこかで聞いた事のある声をしていた。多分、有名な声優さんが声を当てているキャラクターなのだろう。  ということは、だ。彼はこの物語のメインキャラクターなのだろう。そうじゃなかったとしても、そこそこストーリーに関わるポジションだと思う。  俺はドラゴンのこと、そのドラゴンを倒した男のことをかいつまんで説明した。 「ふむ。特徴は一致している。この付近に生息している種でもないし、持ち帰った鱗も間違いなく該当種のものだ。まず間違いないだろう」  一息ついた後、グリンデルは続ける。 「ところで、助けに入ったという男の容姿は覚えているか?」 「フードとマントで隠れてて顔はよくわかんなかったですけど、身長は俺と同じくらいで、髪はー……チラッとしか見えなかったけど、黒髪でした。カラスの羽みたいな色の」 「ふむ。他には?」 「確か魔法の詠唱で……穿て七星剣? とか言ってたような……」 「――! それは間違いないのだな?」  いきなり身を乗り出して話に食いついて来て、ちょっとビビってしまって声が出ず、無言で何度も首を縦に振って肯定の意味を表した。  何だろう、何か特別な詠唱だったのだろうか。厨二っぽいなぁとしか思っていなかった。  グリンデルも、驚いたように目を丸くしていたアッサムとジョーカーの視線に気付いたのか、咳払いをして座り直した。 「最後に、もう一つだけ質問させてもらうが、良いか?」 「堪えられる質問なら……」 「君は、異世界の人間だろう?」 「へっ!?」 「ああ、肉体の話では無い。君の意識、魂のことだ」 「「……ええーっ!?」」  アッサムとジョーカーの大声がハモる。仲良いなお前ら。  と言うか、俺が答えても無いのに、何でそんなに驚いているんだ? 事実だけどさ。 「異世界から転生してきたって、嘘じゃなかったんだ……」 「君が有するコギトの輝きは、この世界には存在しないものだ。この傾向は、異世界から召喚された召喚獣の特徴と一致する」 「それを機械とか使わないで判別する時点で化け物じみてるんだよなぁ。まー、ぐっさんが言うんだから、ホントの事なんだろうけど。ぐっさん、鑑定眼使えるし」  どうやらグリンデルは、ネット小説では定番の鑑定スキル持ちらしい。だからアッサムとジョーカーは事実だと分かって、俺が答える前に驚いていたんだろう。  良いなぁ、鑑定スキル。俺も使い方が分かっていないだけで、実は鑑定スキルが使えたりしないかな? 後で色々と試してみよう。 「行く当てはあるのか?」 「いや、俺の知り合いの記憶も無いし、主要キャラもよく知らないから……頼れる人も、居ない、です……」  言葉にしていく内に、俺は徐々に、自分の状況がかなり逼迫しているという事に気がつき始めた。  自分で言っていたように頼れる人なんて居ないし、この世界の通貨を持っているわけでもないし、身を守れる装備も持っていないし、何なら今日の食事にだってありつけそうもない状況だ。  ネット小説よろしく魔物を狩ってその日暮らしの生活をするにも、俺が使える魔法やスキルは何があるのかなんてわからない。  そもそも、転生前の体の持ち主の記憶が無い。  俺はようやく、異世界生活をする前に詰んでいる事に気が付いてしまった。  お先真っ暗な絶望感に泣きそうになっていたが、俺の返事を聞いてからしばらく沈黙していたグリンデルが、不意に口を開いた。 「……ところで、アッサム。最近、ギルドに所属する職員の数が多くなって、食事の買い出しに行くのも一苦労だと言っていたな」 「え? 確かに、そんなことをぼやいた記憶がありますけど……」 「そうか。ところで、まだ君の名を聞いていなかったな。名は何と言う」 「あっ、俺、ノゾミって言います。明望希です」 「アキボウ、ノゾミ……! ……そうか、君が……」  グリンデルは何故か俺の名前に驚いた様子を見せて、どこか含みのある独り言を呟く。  だけど、聞き間違いかと思う程小さな声だったから、最後の方は何と言っているのかは分からなかった。 「おめでとう、ノゾミ。君は晴れて正規雇用冒険者チーム『フリーワールド』のメンバー候補生となった。正式採用されるのを楽しみにしている」  唐突な雇用宣言に、室内が一瞬、静寂に包まれる。  ふと、俺を助けてくれた男が言っていた、「あいつが世話を焼いてくれるはずだ」という台詞を思い出す。きっと、この事を言っていたのだろう。  あの男は、グリンデルと知り合いなのだろうか。 「こ、ここでお世話になってもいいって事ですか……?」 「当然仕事が出来なければ解雇するから、そのつもりで励むことだな。しばらくはアッサムとジョーカーの下でギルドのルール等について学ぶように」 「あ……ありがとうございます! 頑張ります!」  一時はどうなることかと思ったが、グリンデルのおかげで、何とかこの異世界でも暮らせる場所を手に入れる事が出来たのだった。
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