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アッサムに探索の基礎なんかを教わりつつ、何か怪しい点がないかを探す。アッサムが言うには、新しい足跡があるから誰かが出入りしている事は確からしいけど、俺にはサッパリわからなかった。
だけど、現代日本人だからこそわかるものもある。
元々は礼拝堂だったらしい部屋は植物や苔に浸食されていて、壁にも蔦が這っている。だけど一部だけ、たまたまなのか蔦が無い壁があった。
それに俺は、ビビッときた。直感だが、怪しいと思ったのだ。
「ゲーム実況とかで見た事があるけど、謎解きって大抵こういう所に隠し扉があって、特定のアイテムを置くと起動して開いたりするけど……おっ、この剣なんてそれっぽいじゃん」
反対側の壁に付いているタイプの刀掛けのようなフックに引っかかっていた錆びた剣を手に取り、蔦の無い壁に近い所にあった、何も置かれていない刀掛けに置いてみる。
三秒、五秒、と時間が過ぎる。反応は無い。
まあ元はゲームだったとはいえ、そう簡単にいくわけないか、と思ったその時だった。
地響きと、石と石がずれるような音。目の前の壁が小さな砂煙を上げて動き、隠された階段が姿を現したのだ。
突然の音と地響きに警戒したのか、いつの間にか、全員が俺の周りに集まっていた。
「ちょっとちょっと、一体何したの!?」
「おおーでかした! さっすがボクの後輩。少しは役に立つじゃん!」
ルキフェルが慌てたように声を上げ、ジョーカーはニコニコ笑顔でバシバシと俺の背中を叩く。ドヤ顔をしてやりたい所だったが、俺はニヤける口元に力を入れて何とかそれを抑えた。
アッサムが先頭で、俺を守るようにミハイルとルキフェルが位置取り、殿にジョーカーという隊列で、隠し階段を下っていく。
その途中で、まるで水中に入った時のような耳鳴りを感じ、つい足を止めてしまった。
それだけじゃない。ほんの数秒前とは、何かが違う。
直感的に、俺はそう感じた。
「今なんか……」
空気が変わった? と聞こうとした瞬間、振り向いたミハイルから口を塞がれる。
俺の顔を覗き込んだ彼はウインクをすると、空いている手の方で唇の前に人差し指を立て、しーっ、と静かに沈黙するように伝えてくる。
どうしよう、男なのに顔立ちが中性的で整ってて、髪も睫毛も長いし二重だしで、ちょっとドキッとしてしまった。
俺ホモじゃないのに! ヘテロなのに! 異世界に来て始めてときめくのが男とか、こんなのあり得ないだろ!
だが、俺のときめきは、アッサムの緊迫した声によって、一瞬で霧散した。
「居る」
何が、なんて無粋な質問をしなくてもわかる。
こんな人から隠れるような場所で何かをやっている、あからさまに怪しい「誰か」が、この奥に潜んでいるのだろう。
不意に、ジョーカーが俺に近づいてきたと思ったら、いきなり俺の襟ぐりを掴み、少し乱暴に俺の頭の位置を下げる。そして「誰か」に聞こえないようにか、ほぼ吐息のような声で耳元で囁いた。
「ノゾミ。ハッキリ言って、素人レベルの実力しかないキミは、足手まといに他ならない。でも、敵の懐に入ってしまった今、キミを一人にするのはリスクが高すぎる。余計な死体を増やすだけだからね」
死体、というワードにぞっとする。
そんな単語が出てくる程、ここはヤバいのだろうか。俺にはイマイチ、実感が湧かなかった。
だけど少し遅れて、俺は緊張から、ごくりと生唾を飲み込んだ。
「だから絶対に、ボクらから離れないで。ボクらの近くに居てくれるなら、出来る限りキミを守る努力はするから。死にたくないならボクの言う事を聞くこと。いいね?」
この時自分は、彼女の表情を見て、鳥肌を立てていた。
出会ってわずかだが、どこまでもマイペースで我が道を行くタイプだと思っていた彼女が、このように真面目な表情で指示を出す姿を見て、気づいたのだ。
――ここに居る相手は、彼女から余裕を失わせる程の強敵であるということを。
――俺とそう年の変わらない、十五歳の子供である彼女が、幾度もこのような強敵と戦ったことのあるベテランなのだろうということを。
「……わかった、善処する」
「聞き分けの良い後輩は嫌いじゃないぞ~」
最後にいつもの生意気そうな顔付きでニヤリと笑って、ジョーカーは俺を解放した。
隠し階段を降りた先。薄暗く、土とカビの臭いがする広い地下室に、ぼんやりと魔法らしい光が天井から差している。
その光だまりの中に、淡く光る陣がある。
床に描かれたそれは明滅し、中央に立つ人物を青く照らしていた。
「……来たか」
そして、そこに立っていた人物は、俺の知っている人だった。
「あ、アンタは……!?」
「知ってんの?」
「アイツだよ! ドラゴンに襲われてた俺を助けてくれた奴!」
今はフードを被っていなくて、濁った青い瞳と、俺と大して変わらない年頃だと感じる素朴な顔が露わになっているが、ローブそのものと、その下に見える服装からして、間違いない。声も確かにあの時の男のものだと思う。
男は生気の無い目で俺達を見据えると、小さな声で、しかし俺達全員がしっかり聞き取れる程度の声量で話し始める。
「お前の動向を星詠みで知り、ここで待っていた。俺の悲願を果たすために。全てを終わらせるために」
「何が目的で彼を待っていたんだい? 君の言う『悲願』とは、一体何なんだ?」
「答える必要は無い」
ミハイルの質問を一蹴し、男は空中に手をかざす。その瞬間、俺を除いた全員が瞬時に身構えた。
アッサムは短剣、ジョーカーはリボルバー銃、ミハイルはレイピア、ルキフェルはタクトを、いつの間にかそれぞれ手にしている。
男の手に、眩い象牙色の光が集まる。
「……ああ、そういえば自己紹介がまだだったな。俺は、勇者アレンが創った、魔剣アイヴォリアだったもの。その内に棲まう、破滅の極光」
光は集い、剣の形を象り――そして、象牙色に輝く一本の剣へと変化した。
「我が名は砂漠竜ニアラ。異界からの来訪者、アキボウノゾミ。お前が――殺すべき相手だ」
「なっ……!? 何で、俺のこと」
「来るよ、下がって!」
ジョーカーの声に、俺は反射的に後ろに飛び退いた。
その瞬間、ミハイルのレイピアと、男――ニアラの剣が交差し、火花と衝撃波が散る。
ミハイルが剣撃を防いだ所に、ジョーカーが二丁拳銃で何発も撃つ。弾切れやオーバーヒートなんて概念が無いみたいに連射するが、その全ては謎の障壁のようなものに弾かれてしまい、ジョーカーは小さく舌打ちした。
だが、他の攻撃が効いている訳ではなかった。障壁に弾かれなかったアッサムの投げナイフや、ミハイルの鋭い突きをくらっても、表情を変えるどころか、怯みすらせず即座に反撃を繰り出す。
「怯みすらしない……!? 痛みを感じていないのか!?」
「兄さんどいて! ――est ignis vetitus ac clade tempestas!」
ルキフェルが呪文を唱え終えると、天井を埋め尽くす程の火の玉が瞬時に現れる。煌々と輝くそれらは地下室を赤く染め、一気に気温を急上昇させた。
それらはルキフェルのタクトの動きに合わせて渦巻き、そして。
「とっておきよ、食らいなさい!」
その一声で、全ての火の玉がニアラに襲いかかる。
轟音と爆煙に俺は思わずきつく目を閉じ、頭部を守るように腕でガードするが、火傷しそうな程に熱い熱波が体中を駆け抜けていった。
時間にしてみればたったの数秒だっただろうが、あまりの爆発の衝撃に、一分以上その熱に晒されたような気がした。
気が付いたら熱波も轟音も無くなっていて、キーンと甲高い耳鳴りがしていた。恐る恐る目を開けてみると、周囲は土煙がもうもうと立ち上っていて、俺の近くに居たジョーカーとルキフェルの姿くらいしか確認できなかった。
あれだけの爆発があったというのに、地下室が一切崩れてない事に気が付く。「頑丈な結界だなぁ」とジョーカーが呟いているのが聞こえたから、地下室が崩れていないのは、きっとその結界の効果なのだろう。
土煙の向こうで、何かの影が動く。ミハイルかアッサムだろうか、と一瞬思ったが、次の瞬間に見えた象牙色の輝きに、一気に絶望感が押し寄せた。
「嘘でしょ!? 直撃したと思ったのに……! まさか、あの魔剣から溢れ出る膨大な魔力で防いでいるの!?」
俺の思っていた事を全部ルキフェルが声に出し、やっぱりそうなんだ、とどこか達観した思考が納得する。
あんな風に光り輝く剣なんて、ファンタジー作品で言ったら聖剣か魔剣くらいしかない。
そして、そういうものは大概強力な力を持っているものだ。
……常人では、太刀打ち出来ないくらいの。
土煙の向こうで、ニアラが魔剣を振るう。衝撃波のような何かが走り、もうもうと立ち上っていた土煙が一瞬で払われる。
ようやく姿が見えたアッサムとミハイルは無事らしかった。ミハイルは不敵に笑っていたけれど、アッサムはあれだけの攻撃を食らって尚立っているニアラに、絶望したような表情をしていた。
ふと、ニアラは俺の方を――正確には、ジョーカーに守られている俺の姿を見て、落胆したように深いため息をつく。
まるで、一縷の望みが絶たれたような。
まるで、唯一の支えを失ったような。
そんな深い絶望の色を、濁った青い瞳の中に浮かべていた。
「……期待した俺が馬鹿だった、か」
ぽつりとそう呟いて、ゆっくりと、ニアラは魔剣を天に掲げる。
「悪いな。せめて、一瞬で終わらせてやる」
彼がそう言った瞬間――。
視界を焦がす眩い光の奔流が周囲を包む。そして一瞬遅れて、内側から焼き尽くされるかのような激痛に襲われる。
絶叫を上げたかもわからない。いつの間にか、俺達は地に伏していた。
最後の力を振り絞って顔を上げる。アッサムも、ジョーカーも、ミハイルも、ルキフェルも、皆、倒れていた。
視界がぼやける。あの極光のせいで目がチカチカして、よく見えない。
それでも、目の前の敵を見据えて、せめてもの抵抗で睨みつける。
感情の抜けた顔をしたニアラは、しばし俺の視線を真正面から受け止めて、何を思ったのか俺に近づいて来て……。
そこで俺は、気を失った。
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