チートもざまぁも追放も、この世界には全てが無い。

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 意識が浮上する。  俺は何故か、ギルド宿舎の、自室のベッドで寝ていた。あんなに体のあちこちが痛かったのに、今はもう何ともない。  不意に「目が覚めたか」と、誰かから声をかけられる。声の方向を見てみると、そこにはグリンデルが居た。真顔かしかめっ面の二パターンしか彼の表情を知らないが、今の彼の雰囲気は、少し柔らかかった気がした。 「まずは、無事で何よりだ。旅人が廃墟の近くで倒れていたお前達を見つけたんだ。暇があったら、その旅人に礼を言っておけ」 「……廃墟の外? 中じゃなくて?」 「ああ、廃墟の外で、だ。間違いない。他の四人も無事だ。多少疲弊しているが、少し休めば問題ない程度だ」  グリンデルは俺のベットに腰掛け、俺に話しかけてくる。 「……さて。危険な目に合わせたばかりだが、お前に頼みが出来た。依頼ではなく、個人的な頼みだ」 「俺に? 出来ることなら、やりますけど……」 「そうか。頼みづらいことだが、頼む」  彼は一拍置いて、低い声で俺に告げる。 「ある人物を、殺してほしい」 「……………………え?」 「すまない、言葉が足りなかったな。殺してほしい相手は、砂漠竜ニアラと名乗った男だ」 「ちょっ、ちょちょちょ、ちょっと待って! そういう事じゃない! そうじゃない!」  気が動転しすぎて、思わずグリンデルの腕を掴んで叫ぶ。 「待ってくれよ! 俺、中身はただの高校生だぞ!? 一般人だよ! その俺に、よりにもよって、人殺しの頼み事なんて……!」 「あいつはお前にしか殺せない。異世界人である、お前にしか」 「だからって!」 「『災厄の竜が放たれし時、異界より訪れし救世主が人の身を得て、勇者と共に竜を討つ』。古くから伝えられ、繰り返されたこの世界の歴史だ」  この世界の、歴史。ファンタジーでありがちな、勇者伝説のような一節。  まさか、と。俺はこの先、彼が言うだろう言葉を、大体察してしまった。 「……それって……俺の、こと……?」 「そうだ。救世主はすべからく異世界の――『チキュウ』と呼ばれる世界に住む人の魂を持つ。そして救世主として世界に呼ばれたのなら、災厄の竜を討ち倒さなければならない。そういう法則が、この世界にはある」 「いや、でも、だって……あいつは! 俺を助けてくれたんだぞ!? そんな、災厄だなんてあり得ねえよ!」 「だが、事実だ」 「だったら俺を助けてくれた事だって事実だ! 俺は、あいつを殺すなんて絶対に嫌だ! あいつが災厄の竜だってことも、冤罪かもしれないだろ!」  確かにあいつは、俺達に襲いかかってきた。  だけど、ニアラが俺の名を呼んだ時。  あの瞬間、ほんの一瞬だったけど、きっと天から垂らされた蜘蛛の糸を見つけたカンダタが浮かべていただろう表情を見せていた。  ようやく救われる、と。そう思っていただろう、泣き出しそうな、それでいて嬉しそうな表情を。  きっと、救世主だという俺が起こす、何かしらの奇跡に期待していたんだと思う。  何を期待していたのかはわからないけれど、それでも、俺が何か出来ていれば、あいつが抱えている深い絶望から救えていたことは確かだろう。  月並みだけど、あんな顔を見せられて放っておくなんて、ましてや殺すなんて、俺にはできっこなかった。 「……以前現れた砂漠竜ニアラだったが、まだ災厄と呼べるほど成長していない、幼体だった」 「は? いきなり何言って――」 「だから、救世主が居なくとも倒せてしまった。……倒せたと、勘違いしてしまった。実際の所はトカゲの尻尾切りだ。トカゲと違うのは、切った尻尾の方も本体だったということか」  淡々と語るグリンデルの口調につられて冷静になった俺は、喉から出かかった言葉を飲み込んで、彼の話に耳を傾けることにした。 「その尻尾が人間に取り憑き、繭代わりにし、長い年月をかけて成長した」 「……もしかして」 「そうだ。それが、お前を助け、同時に砂漠竜ニアラとして立ちはだかった男だ」 「どうしてそう断言できるんだよ」 「この目で見たからだ。少なくとも、アルレイン・クロノスが竜と成った瞬間は」  アルレイン・クロノス。  その名前を聞いた瞬間、記憶の片隅にあった情報を思い出した。  叔母さんがインタビューの質問で影響された作品を聞かれた時に「勇者は世界を救うもの」を挙げたのだが、その時にお気に入りだと語っていたキャラクターだ。  一週目は絶対に「災厄の竜」として、主人公の手で殺さなければならない。彼を助けられるのは、二週目以降に発生するいくつものイベントをクリアし、それらのイベントと最終戦の途中で出てくる選択肢で一つも取り残すこと無くフラグとなる選択肢を選んで初めて、災厄の竜だけを倒し、「勇者アルレイン・クロノス」を救えるのだという。  この物語は、救世主である主人公が、災厄の竜となってしまった勇者アルレインを救い、二人で世界を救う話なのだ。  俺はようやく、ニアラが――いや、アルレインが見ていた「希望」の一端を、垣間見ることが出来た気がした。 「だったら……やるしか、ないじゃんか」 「案外素直だな。もっと喚き散らすと思っていたが」 「俺にしか出来ないって言うんなら、やるしかないし、それに……こんな話を聞いた後だけどさ、ワクワクするんだ。だって、俺がこの物語の世界における主人公で、救世主ならさ」  これが「勇者は世界を救うもの」の世界だから、事実そうだ。  主人公の体を借りて、英雄気取りの高揚感に酔っているだけかもしれない。  だけど、それでも。 「竜の部分だけを倒して、アルレインのことを助けられるストーリーだって、あるかもしれないだろ?」  そんなことは関係無く、俺は物語を知らないなりに、あいつを助けたいって思っている。  これだけは、心の底から事実だと胸を張って言える、俺の本音だ。 「……そう、か」 「やっぱり、あり得ないかな。俺、別に剣に長けている訳じゃないし、だからといって魔法が使えたりもしない。ネット小説でよくあるチート能力なんて一切無い……何の力も無い、ただの……普通の、高校生だから」  大きな口を叩いたが、俺はネット小説の主人公とは違い、何の能力も持っていない。  一撃でどんな敵でも屠れる魔法なんて使えない。  どんなものでも一刀両断出来る剣の技術だって無い。  個性的なスキルなんて持ち合わせてない。  全てを見抜く鑑定スキルすら持っていない。  でも。 「そうではない。少し、昔を思い出しただけだ」 「昔?」 「……お前みたいに、ありもしない希望に目を輝かせる、馬鹿が付くほど素直で夢見がちで――そう出来る程の力を持っていないのに、それを成せると思わせてくれる男のことをな」  少なくともグリンデルは、俺の事を信じてくれるみたいだ。 「ともあれ、現状ではそうするだけの力も無ければ情報も足りないだろう。よって、お前にはギルドマスターとして命令を下す」  グリンデルは立ち上がり、いつもの凛とした顔で俺に任務を下す。 「山岳都市ウィーヴェンに向かい、これまでの災厄の竜と、三百年程前に現れた擬竜キロ=ネグラについて調べてこい。そこに手がかりがあるはずだ」 「――はい!」 「詳細は追って伝える。今は休息を取り、次の任務に備えておけ」 「了解、ギルドマスター!」  彼はそう言い残し、俺の部屋を出て行った。  ――その時にグリンデルが呟いた独り言は、ドアの音にかき消されて、俺には届かなかった。 「……頼んだぞ、予言の子。アルを殺してやれるのは、お前だけなんだ」
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