パーティードレスは、土下座することを前提に設計されていない

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 パーティーの最中に王子から言いがかりをつけられた挙げ句、床を転がる奇行を披露してしまってから、2週間が経った頃。  私、伯爵令嬢ファドナ・ダレンシアは、大きな川のそばで石を集めていた。  夏も終わりに近づいている。まだ日差しは強いが、水の上を通り抜けた風に頬を撫でられると、ほんのり少し心地よい。  ため息をつくと、重い身体を持て余しながら辺りを見回し、安定感のありそうで平らな面を持つ石を一つ、手に取る。 「ひとつ、積んでは、父のため……」 「大丈夫ですか、お嬢様。お体は冷えませんか?」  身の回りの世話をしてくれる働き者のメイド、ニーナが、ブランケットのようなものを持って声をかけてきた。  私がまだ幼かった頃から屋敷にいたメイドだ。働き者で、時々おっちょこちょいなところもあって、天真爛漫で、見ていて好ましかったから、是非自分の専属にと望み3年ほどが経った。  そのニーナは、あのパーティの日からある意味で私より元気に取り乱し続けている。 *** 「お嬢様、今日こそ一口でも召し上がって下さい……! このまま何も口にされなかったら……」 「ごめんニーナ。どうしても、食欲が……」  パーティーから帰ってきてから数日、私は食事も取らず、ほとんどベッドから起きられない生活をしていた。  ニーナは献身的に、温かく消化に良さそうな料理を用意しては私の寝室にやってきて、私に声をかけ続けた。 「旦那様も奥様も、ずっと心配していらっしゃいます。昨日は王后陛下からもお見舞いの品が……」 「王后陛下から……!?」  ニーナの言葉に、鈍く重かった頭が一瞬だけクリアになる。 「大変だわ、すぐにお礼のお手紙を差し上げないと」 「お嬢様、落ち着いてください! 旦那様は、陛下へのお礼は旦那様からすでにお送りしているので、お嬢様はお気になさらないようおっしゃっていました。ニーナが言いたいのは、沢山の方が心からお嬢様を心配して、元気になって頂きたいと願っているということなのです!」  その言葉に、急にぼろぼろと前触れもなく涙が流れてきた。  この数日間ずっと気を抜くと涙が止まらなくなって、そのせいで瞼が腫れて重いし頭が痛い。  前世の終わりと同じだった。 「お嬢様!」 「ごめん……ごめんね、ニーナ……」 「どうか泣かないで下さい! 私のような身分の者がこんなことを申し上げるのは不敬ではありますが……ニーナは、お嬢様が王子殿下の婚約者候補に上がったときから、お嬢様のようなお方にあの王子は相応しくないと思っておりました! お立場が白紙になったことで、これから絶対、もっと良い縁談があります!」 「ちが……違うの……」  ニーナは、私が王子殿下の婚約者候補から外れて気落ちしていると思っているらしい。大いなる誤解だ。しかしそれを説明しようと口を開こうとするとますます涙腺が弛み、横隔膜が震えて言葉を紡ぐことができなくなる。 「お嬢様、ニーナが悪うございました、今はどうか、ゆっくりお休みください……!」  私はニーナの言葉に甘えて布団に潜り込みながらしゃくりあげそうになるのを堪えた。  ファドナ・ダレンシアを産み、育ててくれた今世の両親、ダレンシア伯爵夫妻は、愛にあふれた人格者だ。私は何も二人に返せないどころか、大勢の前で醜態を晒した挙げ句、日がな一日泣いて過ごして迷惑をかけ、情けないし申し訳なかった。  早く立ち直って家の役に立たないと。  焦れば焦るほど思考と情緒がコントロール不能になってしまう。  私は真面目に、高潔に、誠実にをモットーに、地道に生きてきた伯爵令嬢だ。母に連れられて王宮へ行った3年前、王后陛下にそんなところを気に入られて、王子殿下の婚約者候補にされたのだった。  あくまで、婚約者の、候補、だ。就活で最終面接に残った、みたいなものである。そこから、喩えるならインターンシップ的な扱いで、女官として宮廷に出仕してきた。最終的に、政治的な事情や王子殿下自身のお気持ちで婚姻が成立しなくても、痛くも痒くもない。王宮から一度指名され、女官としての実績もある令嬢ということで、嫁入り前の貴族の娘としては箔がついた扱いになるのだ。  正直、聖女・ラーリアが首都に現れた日から、いつかはこうなるんだろうな、と思っていた。まさかパーティー会場で王子殿下があんな行動に出るとは思っていなかったが、嫌われていたのは知っていたので、今更婚約者候補から外れたことで傷つき落ち込んだりはしない。  ファドナ・ダレンシアは、そういう女であるはずだった。  どうしてあの瞬間、多忙とパワハラで精神が完全崩壊した前世の記憶が蘇ったのか。そのせいで私の脳の機能は完全に破壊され、急激に、まともに生活できない状態になってしまった。 「つらい……」  何がつらいとかではなく、ここに今、存在していること自体がつらい。どうしてこんなことになってしまったのだろう。迷惑をかけている王后陛下や両親のことを考えると……。 「両親……」  ぐちゃぐちゃになった思考と記憶の中で、ふと、思い出した。  前世の両親もまた、私にとっては良い両親だった。私の死にはひどく悲しんだことだろう。 (パワハラと過労が原因で親より先に逝くなんて、不孝にもほどが……)  ひどく低下していた私の思考力が、そこで、一つの結論を出した。 「あ……だからか」 ***  そういうわけで私は、前世の罪を清算すべく、河原で石を積んでいるのだった。 「ふたつ積んでは母のため……」  目的と行動はどうであれ、ずっとベッドで泣いていた娘がようやく外出をしたことに、今世の両親は喜んでいる。  小さな石の塔は、少し背が高くなっては、私の判断力や手つきの悪さで崩れ落ちてしまう。しかし、外の空気を吸いながら黙々と石を見つけては重ねる作業によって、段々と無心になることができて、メンタルにもほんの少しずつ良い作用が出てきた。最近では、ニーナが用意してくれた流動性の高い食事なら摂取できるようになっている。 (このまま早く立ち直らないと……)  そう考えながら、また一つ拾った石を重ねようとした、そのときだった。 「お止め下さい、お嬢様は今は誰にもお会いになりません!」 「申し訳ないが通してもらおう。我々は王子殿下の命で来ているのだ」  ニーナと、聞き慣れない男性の声が、背後から聞こえてきた。  それに動揺して手元が狂い、石の塔は崩れてしまう。  私は声がした方へ振り返りながら、思わず呟いた。 「鬼だ……」
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