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退治
武人とやせ神が互いににらみ合い、広場は緊張感で張り詰めていた。そんな中、詠唱と踊り終えた坊主が俺に向かって高らかに宣言した。
「これより精霊増幅の儀に入ります。あちらの清めの水を祭壇に振りかけてください」
彼が指差す先には、丸い桶に満タンに入った清めの水が置かれていた。
(これを使えということか……)
俺は急いで桶を持ち上げ、水の溢れる桶を片腕で支えながら、もう片方の手で水を祭壇に向かって振りかけ始めた。しかし、勢い余って祭壇の前に浮いている武人にも水がかかってしまう。すると、武人の周囲から強烈な光が溢れ出し、広場を包み込んだ。
光が収まると、武人は3人に増えていた。
「「何イィィ!?」」
想定外の展開に、やせ神たちは動揺していた。分裂するはずのない存在が、突然3体に増えたのだから。さらに驚く事に、武人たちそれぞれの両手にハリセンが握られていた。そして、その驚く暇もなく、3体の武人は瞬速でやせ神たちを四方から囲い、一斉にを振りかぶった。その時、肥満神が俺の方へやってきてニヤニヤと笑いだした。
「ぎゃはははは」
肥満神に声が届く程の距離だった。俺はキレながら小声で一言注意した。
「お前のせいで怒られたやんけ!」
「ぎゃはははは」
聞く様子はなく、ひたすら笑い続けている。
「向こうで大人しくしといてくれ」
シッシッと手で追い払うような仕草を肥満神に向けてそう伝える。
「ハハハハッ。 ハ、ハゲてる」
肥満神は坊主の頭をゆびさして笑っている。
「ハゲてるな」
小声で返事をした。
「ハゲって言うて」
「あかんて」
「ハゲェーって」
「無理」
「ハゲェー」
今にも叫びそうな表情で小声で発した。
「無理やって……」
溜息をつくように思わずささやいたその一方、武人たちがやせ神にハリセンを一気に振り下ろそうとしていた。その時、とんでもない事が起きた。
「ハゲェー!!」
今度は広場一帯に響き渡るほどの大声で肥満神は叫んできた。
「ハゲェー!!」
気がついたら俺も、坊主に向かって肥満神に勝るとも劣らない大声で叫んでいた。その声に武人たちが一斉に驚き、腕を頭上に振り上げた状態で静止した。そして、ゆっくりとこちらを見て再びただ様子を見守るしかない状態になった。やせ神たちも相変わらず静止したままだ。
それを聞きつけた坊主と村人たちは一斉にこちらに振り返り、坊主が怒り出してこちらに向かってきた。
「おい!」
「ハゲとるぞーお前!」
何故かそう言ってしまった。この騒ぎを見て先程の村人が再び割って入ってきた。今にも俺に殴りかかりそうな坊主を必死に押さえながら謝る。
「すみません! すみません! 君! いい加減にしろ!」
「いい加減にしろよお前!」
村人と坊主から一気に責められる俺。
「もう帰りますよ! 帰ります!」
怒りが頂点に達し、とうとう持ち場を後にしようとする坊主。それを食い止めようとする村人。
「すみません! 本当にすみません! すみません! お願いします! 村の為にお願いします!」
何度も村人に謝罪され、坊主も無理矢理振り切る元気がなくなってきたのか、渋々受け入れ始める。
「すいません」
我に帰った俺も、今更ながら謝罪する。
「いい加減にしろよ」
「ナメてるのか?」
村人と坊主からまたまた責められる俺。坊主はイライラを必死に抑えながら持ち場に戻った。
坊主の詠唱が再開されると改めて、武人たちが振りかぶりを再開し、やせ神たちを叩く。3方向からの無数の衝撃音と痛みが一気にやせ神たちに襲いかかる。
「「「パァーン! パァーン! パァパァーン! パァーン!」」」
「「痛イ! 痛イ! 痛イ! 止メロ! 何故我ラガ叩カレナケレバナラナイ‼」」
やせ神たちはもがきながら至極真っ当な主張をした。
「よしっ! やせ神が苦しんどる! あと一息や!」
俺はやせ神を追い込む為、再度清めの水を祭壇に振りかけ続けると、武人にも水が振りかかり、再び広場全体を覆う光が現れた。光が収まると、武人の数は6人に増えていた。
(さらに増えた!?)
俺が驚いている間に、肥満神がやってきて、右手に先程の水鉄砲、左手にBB弾エアガンを構え、叫びながら坊主に向かって撃ち出した。
「クソ坊主コラっ!」
「クソ坊主!」
焦った俺は同じように叫び、すぐさま坊主の所へ駆け寄ってデコピンと唾吐きを交互に繰り返す。
「パチン! ペッ! パチン! ペッ!」
「おいっ!」
坊主は再び怒りの頂点に達し、立ち上がった。
「もう帰ります!」
そう言い残して、勢いよく持ち場から去っていった。
「ちょっと! ちょっと待って下さーい!」
村人はそう叫び、坊主の後を追いかけていった。その様子をただ呆然と見ていたやせ神たちがボソッとつぶやいた。
「トウトウ帰ッテシマッタ…… 我ラモ帰ルトシヨウ……」
その様子を見た武人たちは再び一斉に叩きにかかった。
「「「パァーン! パァーン! パァパァーン! パァーン!」」」
「「ダカラッ! ナンデーッ!?」」
やせ神たちの悲壮な叫びが村中に響き渡ったようだった。しばらくして、武人たちの内の3体がこちらに向かってハリセンを構えた。
「ちょー待てーっ! 俺はちゃうやろっ!」
だが、武人たちは俺の言葉には反応せず、一斉に声を上げた。
「「「我が名はドレム!!」」」
その言葉と同時に、ドレムと名乗る武人たちはハリセンを振り上げ、強烈な一振りを放った。その瞬間、俺は夢解師が言っていたことを走馬灯のように思い出した。
「この村には、これから3ドレムの間、これまでにない大繁栄を迎えるでしょう。しかし、その後の3ドレムには、かつてない滅亡の危機が訪れます。繁栄の時期の記憶さえ消し去ってしまうほどの危機です」
(ドレムって、こいつらの事やったんかーっ!?)
「「「パァーン! パァーン! パァパァーン! パァーン!」」」
叩かれた痛みが全身を襲い、轟音と共に段々と砂煙が舞い上がっていった。
「ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ーーっ!! 痛だだだだだーっ‼ なんで俺までー!?」
その断末魔をあげた後に俺は意識を失い、暗闇に引きずり込まれていった。
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