短編小説 SNS

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もう眠ろうと思っていた。 部屋の明かりを消していつも通りベッドの上で私は目を瞑る。目を閉じても眠れる気配など全くない。それどころか、今日の出来事をあれこれと考えてしまって、却って眠れなくなってしまった。 駄目だとは思いながらも瞳を開ける。しん、と静まり返っていて私のベッドの周りはまるで墨を流したように闇をもたらしていた。 再び目を閉じる。 けれど、頭の中がせわしなく寝れないという事実で支配する。 このまま寝れないとどうなるかという想像を掻きたてた。 そうして、何分ほどだったかわからないが、諦めたように目を開ける。そして、いつものように暗闇でスマホを手に取った。 ボタンを押してスマホ画面を開いた瞬間に、闇が反転した。ふっとベッドが失われたかのような感覚が襲いかかる。そして、私は文字通り落ちた。 あ、と声を出す間もない。 怖い、と心臓を貫かれたように冷えたのは瞬間で、そのままザブンと水につかった。口に入った塩味で、それが海水だったとわかった。 何が起こったのかわからぬまま、がぶがぶと必死でもがき、命からがら足で何かを踏みつけて水の上へと顔を出すことができた。ようやく息ができたとばかりに思い切りせき込む。 肺いっぱいに空気を満たしてから、はぐくもっていた耳に、すうっと音が戻った。 目から溢れでた涙と顔についた髪をぐいと取り払い、ふと周りを見渡してみると、そこは海ではあったが混沌とした透明の文字で構成された電子の海だった。 「なんなの……」 なんと私の周りの海の中には漢字や英語、数字が散らばって浮いている。いや、よく見れば漂い流されているようにもみえる。文字であるはずなのに手に触れる感触は水だ。チャプチャプと漂う私と波の音だけが聴こえる。なんともいえない不思議なその水に思わず私は息を呑む。 遠くまで晴れ渡る澄んだ青空に、電子の波はひどく幻想的な光景ともいえる。 文字は見えるが手で掬おうとするとふっと消える。どうやら、この文字は見るだけのようだ。何が起こったか、いまだ把握できずにぼんやりとしばらく見つめていたら、電子の波は私に絡み襲い始めた。 電子の波は私の足に、腹へと、そして首へと這い上がってくる。叫ぼうと思ったけれども、声が上手くだせなかった。 私が出した声は、そのまま数字の波へとのまれていく。身体に巻き付いた文字を振り払おうと躍起になっていると、やがてそれは私の肌へと染み込み始めた。 ようやく消えて、私の肌には不明な刻印が残った。意味がわからず、刻まれた文字らしいものを眺めていたら、若い女性の声が私の耳に届いた。 「助けて!」 私は泳いだ。助けるために、なんとか彼女の近くに行きつき手を繋ぐ。もしかしたら一緒に引き込まれるかもという恐怖があったが、そうではなく海の上へと彼女は戻ってこれた。 「死ぬかと思ったわ、本当にありがとう」 私は頷いた。 だが叫び声が聞こえたかと思うと続々とおぼれていく人たちが見える。 周りを見渡したら、恐ろしいほどの人々がおぼれている。 そして次々と電子の海の中へと沈んでいく。 次の瞬間、助けた彼女の足元が黒く染まった。 「痛っ!やられたわ、狙われてしまった!もうダメだわ……」 パニックに陥ってしまった彼女を助けるため、私は手を差しだした。けれど、その手は虚しく空を切る。 そして彼女は再び沈んだ。 私は助けようと、水に手を突っ込んだ。 「痛ッ……」 指に痛みが走る。なにかはわからないけれども、私も刺されてしまったようだ。手には「死ね」「ウザイ」と書いてある。私の肌の刻印は、呪いの言葉に変わる。  「不倫してるらしいよ」「逮捕歴あるんだってさ」 いわれのない、まるで覚えのない悪口雑言。私の体はみるみるうちに染まっていった。 「なんで!誰が、こんな酷いことを……?」 涙が溢れ、天を仰ぐ。文字は私の全身を覆い、そして私を呑みこんだ。 溺れる瞬間、その電子の隙間から空が見えた。 そして、頭上から、私に向かって、私をめがけて、誰かが降ってきた。
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