海里と十二支

2/11
前へ
/34ページ
次へ
「先ほど、妹が失礼しました」  俺、神龍時 海里と目の前の配送業者の男以外、誰もいなくなった玄関内。  すぐに、その場で正座をし深々と頭を下げ始める。  いくら相手が、砕けた言葉を交わしてくれたからって……目の前の相手は、自分たちと次元が違うのだ。  今でも心臓の鼓動が激しく暴れ、冷や汗が止まらない。 ***  今から、五時間前のこと。 「以上を持って。━━今回の十二支会議を、終了とする!各当主のみんな、遠いところからありがとうねぇ。お土産を用意したから持って帰ってね」  此処。平行線世界、第十三層の日本S県。とある客室にて。  茶室を借りて、〈卯を除いた〉各当主たちが担当している区域の状況報告などの会議が先ほどまで行われていた。  よろず探偵事務所の社長。もとい公主の一言で、緊迫の三時間の会議が終了を告げた。 「当主のみんなのおかげで〈現代〉の世の中は、安定してるからねぇ。ほんの気持ちに、期間限定の老竹さんの夏蜜柑葛切りを召し上がってください」  その言葉と共に、受け子二名が各当主たちに手提げ袋を渡し始める。  俺も受け取り、公主と受け子の両者に礼を伝えた。  各当主たちのお礼の仕方を見ていると、当主歴が長いのか……立ち振る舞いに貫録が感じられた。 「社長、ありがとうございますぅ~!戌塚家は、これからも誠心誠意を持っておシゴトに励みますぅ~~☆」  戌塚(いぬつか)当主の独特の所作を除けば。━━と、いうか俺もアレくらいアピールしなければならないだろうか……?でも、実行する勇気が…… 「━━━━チッ!相変わらずね、媚入り駄犬が。聴かされている耳が腐りそうじゃないの……」  うん……、前言撤回。俺は、俺のままでいこう!  隣で、未谷当主がボソリと小言をしたのを耳に入り、先ほどの焦りに変わった思考が消滅する。  なんというか……。女性特有の一部を目の当たりにし、背中と頭の中がサァー……と極寒になってしまう。  本日は、6月10日の蒸し暑い日なのに……此処だけが、真冬を通り越した絶対零度に変わった瞬間である。  女の裏、という現実を見た今。  学生時代に毎回、美術オール【1】を成績を取り、補習を受けてきた妹の方がまだマシだと思ったのは、ここだけの話。 (……あの二人、仲悪いのか?)  話は戻すが。もちろん、今回の会議にも俺が当主に就任になる前からの知り合いもいる。  その中に、学生時代からの顔なじみの〈猿堂 陽介さん〉、〈丑崎 なつり〉さんの父、丑崎当主もいる。  最近から交流を持ち始めた顔なじみの〈未谷(ひつじたに) 耀さん〉、〈子島 伯〉も。  この三人は、下の兄弟と知り合ったキッカケで交流を得た流れだ。  猿堂当主と、未谷当主は、ポンコツ三男 嵐と四番目の風羅からの繋がりで。  子島当主見習いは、次男の宇宙からの繋がりで知り合った。  彼曰く、 「宇宙兄さんが即席で書いた、BL本のマフィア息子×ヤクザの跡取り養子の禁断ラブストーリーが素敵すぎてファンになったんです!し、しかも 《挿絵を描いてくれないかい?かな~りの、ドがつくキツい営みシーンをお願いしたいんだ♬》 とイラストの依頼をしてくれたんです!!依頼されたの人生で初めてで。ぼ、ぼく嬉しくて…………こんな風に描いちゃいました♡」 と、天使のような無垢というべきか……太陽のように輝いた笑顔の三歳年下の彼。  数年前の家庭内の事情によって。いつも生気のない、人形に近い表情をしていた頃に比べたら、今は生き生きとしている。  そんな相手から「コレを描いたら、ぼく褒められたんですよ~!」と、嬉しさが伝わってくるくらい主張が強い言葉と、共に渡されたイラスト。  視界に入れた瞬間。ーー俺は、逃げ出したくなった。  目の前で繰り広げられている、大人の情事シーン絵たち。  初回から、前戯であろう目隠しによる口淫シーンが視界にいっぱいスクリーン化される。  次に、挿入シーン、大人の玩具を使用した情事などの枚数を見せられてしまう。  しかも、男同士の営みをだ。    視界からの情報と気持ちが追い付いていない状況の為か、身体に鳥肌がゾワリゾワリと蜘蛛の子たちのようにパァーと広がっていく。今、会議用に着用している着物の裾から出ている白い腕まで侵食してきている始末だ。 (先日、妻と籍を入れたばかりなのに……ナニを見せられているんだ?俺は……)  俺の中で、ある意味恐怖の罰ゲームが繰り広げられている中。気持ちが、冷めざめと泣きそうになりつつ。  ここで、違和感が過ぎった。 (コレ……、妹と同棲している相手に似ているような……?なぜだろう、嫌な予感が……) 「あ、これ!風羅姉さんの彼氏さんがモデルらしいですよ?」   ━━━━嫌な予感が、的中した瞬間である。    これは、宇宙の嫌がらせだと容易に察することができた。  長年、一つ屋根の下で暮らしていると相手の考えていることは、大抵分かってしまう。しかも、今回が初めてでは無い。  どうせ、宇宙の人畜無害みたいな外見に騙されて、怒らせたんだろうな、と相手から喧嘩吹っかけたことを容易に予想がつく。  この話の流れで、この本の〈受け〉の登場人物のモデルになった《犠牲者》を、相手に悟られないように聞いた。  すると、俺が興味持った仲間だと勘違いした子島。 「もしかして、海里兄さん……新しい世界の扉が開きましたッ!?嬉しいです♪ 実は、この二人僕の推しカプでして……」  瞳にダイヤモンドが埋め込まれているのか、と思うくらいに、眩しいくらい興奮しつつの相手。   (……新しい世界の扉?推しカプ??ーーって何だ!?)  意味が分からない内容に、苦笑しつつ首を縦に振ると。  勝手に仲間として認定され、目力が急に強くなった子島。 「海里兄さん!僕は推しカプ会長として、推しカプの良さを誰にでも分かるように説明してあげますね!!まずは、ーー……」  この流れで始まった説明会。  熱の入り方が、━━アイドルファンの崇拝に近いレベルだ。  もう俺の知っている消極的な子島は居らず、今は身振り手振りで愛を語り始めた俺の知らない彼。  主に。  推し同士が恋愛に発展するまでの心情、  お互いの気持ちを知ったが越えられない壁で苦戦する攻めの心情、  苦難を乗り越えた後のイベントという名の男同士の情事など。 「もう、この二人はロミオとジュリエットみたいな切ない恋なんです……。お互いが敵同士で、しかも攻めのお父さんが、なかなかの強敵で……。僕はこの二人が末長く幸せになって貰いたいのに……!」 と終いには、感情移入し涙を一つ二つと流し始めてしまった。  流石の俺も慌てて、話しの方向転換をしたら、宇宙から聞いた小説の裏話についてやっと説明もしてくれた。  そして、詳細を聞いた刹那 ━━━━後悔をした。  話によると━━、  妹と同棲している彼氏の友人が宇宙の作家の仕事にクレームを入れたのが、事の発端らしい。  その一言で、「分かりました。それでは、これから文章の良さをお伝えしますね」と笑顔で伝えて会話が終了したらしい。  子島には、 「僕はね、小説家になった今。世の中の存在しているモノに文章の素晴らしさを伝える義務があると思うんだ。だから、子島くん……。そのお手伝いをしてくれないかい?今なら、この小説が出来上がって一番に独占で読めるよ~!君の推しカプをさ☆」 と、言いくるめたらしい。 《僕はね、小説家になった今。世の中の存在しているモノに文章の素晴らしさを伝える義務があると思うんだ》 ーーって、言葉は絶対に嘘だな……。  もう、嫌がらせする前提の言い訳だな。うん。  たぶん、自分の仕事を侮辱されたと思ったんだろうな……アイツ。  しかも、挿絵を見ると……嵐に似た野郎が当て馬として登場人物に描かれている。  (ポンコツ)はともかく。  今回は風羅の彼氏は、とばっちりを喰らった〈真の〉被害者。  後日、次男の尻ぬぐい〈謝罪〉しに行かなければ、と心のメモに記入し胃を痛めた。 ━━だが!  これは、まだ序の口である。  ここからが、更に胃を痛める小行事が始まる。
/34ページ

最初のコメントを投稿しよう!

9人が本棚に入れています
本棚に追加