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それは、今まで二人の様子を傍観していた ーー巳久利当主だ。
二人に寄り添うように、ゆっくりと近づく。
緩やかな弧を描いた、桜色の唇。それに加えて、二十代後半の艶のある肌に、歩くたびにさらりと上品に揺れる黒髪。
最後に、キッチリと着こなしている淡い紺色の着物。
自身の色白の肌が映えるように選んだのだろう、凛とした美しさがより印象に残る。
とても、五十代後半と思えないくらいだ……。
「……ちょっと、貴方がた!この神聖なる場で、なんとまぁ……はしたない言葉をぶつけてらっしゃるの?同じ女性として恥ずかしい気持ちで情けないわ!」
この和室内の畳の縁を踏まぬように、軽やかな足取りで進む。
そして二人の目の前に立ち止まると。自信溢れる笑みのまま、視線を未谷さんの方へ移す。
「未谷さん!あなた、〈未〉本家の当主でしょ?相手が見習いさんならお手本になるように、気品を見せんと!
だから、小物に好き勝手に言われるんじゃないのかしら?育てて下さったお父様が、悲しむわ」
口を開いた途端。始まった彼女の〈正論〉という名の嫌味。
俺の時と同じように。相変わらず、自分の株を上げつつ相手を蹴落とす、という卑しいやり方。
しかも、ーー公衆の面前でだ。
この歳になっても、若者の立場を潰して自分のメンツを保ちたいのだろうな……、と逆に哀れすぎて視界に入れるのも悲しくなってきた。
もし、この考えが確定だったら……
この人を、ここまで“執着”させる“理由”は何だろうか……と疑問が生まれてくる。
巳久利さんの言葉に、先程まで公私混同の会話をしていた会話がピタリと止まっている、二人。
主に、今の言葉で〈禁句ワード〉を耳にした未谷さん。
怒りで熱くなっていた空気が一瞬にして、仄暗い冷たさに一変する。
いつの間にか、作られている右手の握り拳。指の間から、細く血がポタリ、ポタリと落ちている。
共に、沈黙を貫き顔を俯かせてしまう。
今でも、嫌味を言い続けている巳久利さんより……。
ーーーー沈黙を貫いている彼女が、一番恐怖に感じてしまう……。
ふと、畳を見ると。
落ちている血から音も無く雑草が生まれ、そこから急速に腰辺りまで成長し、茎になる。
周りが中央にいる巳久利さんに注目している中、気づいていない様子。それでも、天井まで伸びていく茎は分裂し、蔓になっていった。
たどり着いた天井にへばりつき、所々小さな白い蕾がふわりと生まれていく。
その景色は、一点の美術品かと錯覚してしまうくらいの美しい植物たちが視界いっぱいに広がっていく。
なのに……嫌な予感しかしない。
頭の中で逃げろと言わんばかりに、けたゝましくなり続ける警音。
動きたいのに……、迷いが邪魔をして足元に根が張っているように動かせない。
そんな中。巳久利さんの嫌味の矛先は、別に向けられる。
「戌塚さん!未谷当主の言う通り、あなたは当主見習い中なんですよ?
本来なら見習い中の者は当主と同席して、一歩下がってサポート側に付かなければならない存在。
今回は、見習いだけでこの会議に出席される事態異例になるの!なので、この場にいる当主に敬意を払わないといけないんですよ?それを……あなたは、よほどお父様によく甘やかされたそうで……ふふッ」
これから当主になろうとしている新人への辛辣な言葉が飛び、戌塚さんは恥ずかしくなったのか顔を俯かせる。
やっと、静かになった相手。自身が優勢的な立場になったことに満足した様子の老女。
嫌味の塊は、ここから更に精神的に追い詰めるように拍車をかける。
ダメだ……ここまできたら、パワハラじゃないかッーー!!
俺の兄弟〈特に、あの二人〉のせいで、悪化してしまった状況下。
これ以上は、二人に迷惑かけられない!!
そう結論出した今、自然と右足を一歩踏み出す。
「それと、お二人の会話をお見受けしたところ、この場に立つ前に〈品〉というものを身につけた方がよろ……」
「ーー巳久利公主ッ!これ以上は、止めてください!!今回は、こちらの不手際が原因ですので。ーーどうか、これ以上怒りを他に当てないでくださ……」
巳久利さんを止めようと手を伸ばした。
ーーーー刹那、空気がグニャリと捻じ曲がった感覚が駆け走る。
コレは、比喩とかでは無く……現実的な意味でだ。
禍々しい、凶々しいという言葉が当てはまる空間内。
(ーーーー何だッ!?この空気……?〈厄〉か!?)
皮膚の上皮細胞からサワサワと痺れる広がっていく毒々しいナニカ。
ソレは、巳久利公主からでは無く…………。
牧場コンビからだった。
しかも、手に腰を当て、獲物をロックオンをした猛獣のように瞳孔が開き……睨みを超えての、ガン飛ばし。
そして、同時に舌打ちをする。
「『ーーーーうるっさいわよッ!!若作りババアッー!!!』」
二人から、怒りの咆哮した今。
この会議場の和室内の壁、置物たちに皹が入った。
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