擬態

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「…………お、お師匠さん?」  今まで、沈黙をしていた相手からの言葉。驚きのあまり言葉が零れてしまう。  しかも。今まで見たことのない顔つきになっている、相手。  いつも慈愛満ちた笑顔は、そこには無かった。  目尻の下がった細い垂れ目は、眼球が外へ出そうなくらい見開いており。いつのまにか、汗が滝のように流れ落ちていた。  額から鼻筋を通り、深いほうれい線の谷へ沿ってなぞるように流れる。他にも米神から頬へと、流れ星のようにポタポタと汗は床に落ち続けており、大きなシミが出来あがっていた。  普段から何事も動じずに、 『今日のおやつは、何を食べようかのぅ~。この人間の子供が落としていった広告という紙に載っている〈コクトウ ケエキというのにしようかのぅ。白や〉』 と、しょうもないことを懲りず笑顔で話してくる相手がだ。  今は、纏っている空気が固い、と言うべきか…………。張り詰めた重っ苦しい緊迫感。  拝殿内に過ごしていた清らかな空気たちが逃げるように、カタ、カタカタ……、と四方八方ばらけ始める。 「なんだ……?精霊たちが……………怯えている??」    この田舎の神社に土地神見習いとして配属されて初めてのことだった。  神社に在籍するものは、土地神だけでは成り立たない。土地神も不在で席を空けなければならない時がある。  例えば。神無月の時期に行われる出雲阿国の会議、神役所へ報告書提出などで留守とか。  そうなると、神社内が空席だと魔物に荒らされてしまう空き巣被害がある。同時に、監督不行届きでペナルティが加算される。  良くて減俸、担当土地神の変更。最悪、神社倒産。…………の、可能性がある。  そうならないために、神社内の警備に〈精霊〉にお願いをしているらしい。  これは、昔お師匠さんから聞いた話だが…………。  拝殿に住みついている精霊たちは、この地元の山中に存在しているモノたちらしい。  元々、この街は木々に囲まれた自然そのものだった。  今住んでいる人間たちが一人も居らず、動物が生活をしていた。  そして数百年前。遠方からきた人間たちがこの土地で開拓し、この神社が作られた。  それを知った神国の市役所は、すぐに土地神を派遣した。  その初代担当者が、お師匠さんだ。  不慣れの土地で土地神として派遣されていたお師匠さんは、たびたび神国の市役所へ報告書の提出や、健康診断、会議などで留守をすることが多かったそう。  そんなことが続くと、最悪な出来事は起こるものだ。  時々、賽銭箱はこじ開けられたり、境内が荒らされたりと被害が生まれてしまう。  この状況に、困り果てたお師匠さん。 「すまんのぅ~。わしだけじゃと神社内が誰もおらんようになって、いつ魔物に荒らされるか分からん。 警備できる者を一人か二人派遣してくれんかのぅ」 と、役所の事務員に話を掛け合った。だが、神員不足のため断られてしまったそう。  この時代は、ちょうど土地神の派遣は不人気だったらしく、神国の者は誰も行きたがらなかった。  話を戻すが…………。  彼ら。精霊たちは普段空気に溶け込んで、人間たちの生活を観察している。好奇心旺盛の性格で、神社に訪れる人間の子供とじゃれ合って遊んでいるらしい。  ━━━━━━…………と、言っても風に紛れ込んでだが。  それを観たお師匠さん。そこで、閃いた。
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