あれから十年後の彼らは……

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*** 「え?……どういうことですか??退職したいが為に劣等生のフリをしてきたって……、意味が分からないです」  その言葉の意味が分からない、というよりも〈行動〉の意味が理解できない風羅。  社会人歴、半年の彼女。やっと慣れてきたリラクゼーションの仕事が落ち着いてきたのは良かったけど、経済面で不安定な面があった。  もう一度言うが。主に……、風羅の個人的な間食費が、という意味で。  よって。これから掛け持ちで、このオープニングで求人を出ていたスーパーのレジ担当を始めようとしている時に、草摩からこの話を出されたのだ。  これから開店される前に、同期で入ったスタッフたちは仕事を覚えるのに必死になっている最中。  その中での、━━場違いな発言。  困惑と軽蔑な気持ちが、マーブル状に混ざり染まっていく。そんな様子の風羅に、彼女は真剣な顔つきに変わり更に言葉を続けた。 「神龍時さん。この会社で働き続ける考えなら、辞めることをおススメするわ」  これまた予想外の答え。  しかも、会って間もない他人からの突拍子もない発言。  良い言い方すれば、助言。逆は、お節介な言い分に過ぎない。 「……え?何でそんなことを言うんですか??本当に意味分からないです……」  相手の真意が掴めない。お手上げ状態の風羅は、素直に自分の気持ちを口にする。 「神龍時さん。私ね、恥ずかしい話だけど……。この歳で何回も転職しているの。だから、いろんな企業さんの入社手続きを経験してきたの。此処の研修前の初日、オリエンテーションやったでしょ。アレ、違和感なかった?」 「……違和感、ですか?」 「うん、雇用契約書の話の後。商品検品担当の山本さんが社会保険の加入の件で質問したら、はぐらかす回答だった。その後、本部の奴らが雇用契約書の内容確認の時間もよこさずサインしろ、と急かしてきたりさ」 「……あの時は。会議室を借りられる時間が少なくて、急いでいたんじゃないですか?」 「雇用契約書って、両者のビジネス確認証明書だと私は思うの。本来、その時間も含めて時間設定しなきゃいけないのよ。私が書類の内容確認しようと読んでいたら早くサインしろ、って本社の連中たちが急かしてきたし。あと、腰の低い対応で接してきて気持ち悪かったんだよね。━━なんか、監視しているようで」 「でも、皆さん。優しく丁寧に対応してくれる社員さんたちでしたよ!」 「世の中。自分の眼に写るものだけが━━【真実だけでは無い】んだよ」  感情が無い声色の草摩。視線が先ほどよりもこちらを力強く射抜く。  急に見えない境界線が生まれる中。それでも、壊れた蛇口のように彼女の情報が止まらない。 「〈一日の勤務人数は最低人数で回すから。急病などで欠勤の場合は自分で交代者を探すこと〉と言ったじゃない?普通は……無いよ。 今、商品検品の担当者さんが一人で全フロアの商品検品しているの……知っている?」 「いえ、初めて知りました……。え?あの六フロア分ですよね??」 「そうだよ!一人で検品処理をして体が持たないから、店長と本部に検品作業者を増やして欲しいと言ったら、 〈うちは、そこまでの人件費ないからね~。山本さんなら大丈夫よ〉 と笑顔で一蹴りされただけでは無く、週四勤務希望が週六勤務に契約内容を勝手に変更されたの知ってる? 三日前。レジ担当の入野原さん、お子さんの体調不良で休みをしたいって朝会社に連絡したら。 『〈病院からお子さんの診断書〉を後日提出してください、スタッフの皆様してますので』 と言われたことも……知っている??神龍時さん」  この内容に、さすがの風羅も絶句した。  社会経験の浅い彼女でも、学生時代アルバイトしたことあった為、事態の酷さに察してしまったのだ。  先ほどまで、草摩の言い分を返答していた言葉が死んでしまう。  今では、お通夜のように意気消沈になってしまい、空気が重苦しく変わった。 「もしよかったら、本人たちに事実確認するのもありだし。他にもあったけど……もうすぐ昼休みが終わるから、もう行かなきゃ」 「あ……、そうなんですね。教えていただきありがとうございました」  スッ、と座っていたパイプ椅子から立ち上がった草摩に、慌てて頭を下げてお礼を伝える。  そんな様子に、クスリと弧を描く草摩。 「……やっぱり、」 と、か細く呟く。空気に柔らかく溶け込む。  だが、風羅の耳に届いておらず。相手が何を言ったのか、分からないまま。  そして、質問をすると。 「あぁ、気にしないで。こちらの話だから。あと、使、会社というのは助けてくれないからね。 自分の身を守れるものは、自分しかいない。それが、世の中。それに……」  先ほどのピリついていた空気が穏やかに変わり、最初の悪戯っ子のような笑顔に戻る彼女。 (……あれ?私、耳鳴りのことって言ったっけ?)  同時に、生まれた疑問。  思い返しても、今までの会話で伝えた記憶が無い。  これ以上、関わってはいけない ━━と頭の中で過り、立ちあがろうとした。その時。  風羅の顔へ自身の顔を、近づけてくる彼女。  急な展開に抵抗できず、頭の中がフリーズし動きが固まってしまう。  徐々に近づいてくる、草摩の視線。深く絡み合い唇が触れそうになる。  思わず、後ずさりする。━━が、後ろに逃げ場はなく、無駄な抵抗に終わる中。  パニックになってしまった風羅は、せめてものの抵抗に思わず目を瞑ってしまう。  一瞬。ほのかに香る、檜の匂い。  鼻腔を擽り、懐かしさが込みあがり蘇ってくる。小学六年生の時に行った、思い出の場所。  社会人になってから、忙しくて足を運ぶ機会が減った。 (あの時のおかげで。私と海里兄さんは、すれ違っていた互いの気持ちに気づけた……。 どうしよう……。懐かしくて、涙が出そう……。あぁ、あの頃に帰りたい、社会人生活って、こんなにも……)   「もう少ししたら、今働いているリラクゼーション勤務での努力が実るから。此処を早々立ち去って、そちらで専念なさい。そして……」 ━━━━これから、人を見る目を養いなさい、。 他人を見て態度変える〈命〉は、人生に害しか与えないからね。 その時は、縁を切りなさいな。 大丈夫、縁というモノは切れたらまた新しく結ばれるモノさ。またね、。  左の耳元から聞こえた、透明感のある声。しかも、口調がガラリと変わった相手。  胸の奥から更に久しい感情を熱く込みあがる。閉じている瞼を、咄嗟に見開いた。 「く、草摩さん!今のは、どういう意味で……」  先程までいた彼女は、━━もういなかった。  
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