11人が本棚に入れています
本棚に追加
私のクラスには、有名なぼっち男子の黒瀬くんがいる。
どう有名なのか、語らせていただきたい。まず、彼はとても黒髪黒目の眉目が整う――いわゆるイケメンである。最初のころこそ、彼に心を奪われる女子生徒が多かったのだが、今はそうでもない。なにせ黒い噂が絶えないのだ。
具体的にどういう噂かというと、やれ突然ひとりごとを発しているだの、校舎裏で煙をあげながらタバコを吸っているだの、校舎のガラスを複数叩き割っていただの――……つまり嫌厭されるには十分な理由があった。よって、彼は今日も窓際でただ一人、外を眺めるぼっちである。
私がいつもどおり校舎裏を通りかかると、いつもどおり黒瀬くんはそこにいた。あんなところで、彼はいつも何をしているのだろう。噂は本当なのだろうか。真偽を確かめるために見られないように、そっと近づいてみることにした。もちろん、興味本位である。
憂う表情は絵画のように美しかったのだが、一人ではなかった。厳密にいえば、彼の周りにいるのは一つ目の肌が青白い浴衣を羽織った子供、尻尾が二つの猫、頭が九つに割れた虎、炯々とした瞳が私を射抜いたように見捉える。黒瀬くんは、そんな謎の生き物に囲まれていた。
「いやああああ! なに、その生き物は!?」
想定外の怪異というべき生き物が視界に現れ、私は思わず声をあげてしまった。
「誰!? って、なんだ、瀬戸さんじゃないか!」
やけに明るく話しかけられてしまった。あまり話をしたことは、いや同じクラスだけど話したのは初めてかもしれない。むしろ私の名前を知っていたことに、驚きを隠せない。
「視えるの? 君にはこの子たちが」
黒瀬くんは私に駆け寄ると、おもむろに肩を掴んできた。
「え? だって、だって、視えるもなにもいるじゃない。一つ目の何かが」
「僕以外に視える人がいたなんて! 凄く嬉しいよ。それに、そんなに嬉しそうに声をあげて、もしかしてこういうのが好きなの?」
手を叩いて全力で歓喜しているようだ。意外だ、教室では何も語らずただ外を眺める男の子だと思っていたのだが。どちらかといえば、今は快活でおしゃべりな男の子に思える。
「好きじゃないよ! っていうか、今のは悲鳴よ‼ じゃあ普通は視えない、ってこと?」
「そう、僕は妖魔を退治する家系だから、普通に視えるんだ。えっと、僕の親戚のハトコの叔父さんのお嫁さんの息子さんの知り合いの子供が陰陽師の安倍晴明の家系で――だからさ」
――それはむしろ、他人なんじゃ、といいたい気持ちを呑みこむ。
「もしかして瀬戸さんもそうなのかなあ?」
「それは知らないけど、というか、本当にその生き物たちは何?」
「どう説明したもんかなあ。この子たちは僕をサポートしてくれる使い魔、ってやつだと思って欲しい。ちなみに逢魔が時、って知ってる?」
「ええと、夕方だったよね」
「そう、知ってるなら話は早い。この学校って逢魔が時に魑魅魍魎が出やすいんだよね。だから、妖魔退治専門の僕の家に依頼が来たんだ。僕の学費を完全無料にするから、この学校にでる妖魔の類を祓ってくれ、ってね。調べたところなぜか、ここの場所が出現スポットなわけ。それで、夕方はいつもここにいるんだ。最近はでなかったけど、今日はある妖魔の兆候がみえてね」
ものすごく丁寧な解説をされてしまった。ようするに学校に怪異がでやすいということだろうか。わかるような、わからないような。
「さて、早速お出ましかな?」
視線の先で地面がゴボゴボと盛り上がる。そして、赤黒い肉の塊のようなものが湧き出るように大きく膨れ上がると、やがてそれには大量の瞳が浮かび上がった。
「な、なに!?」
「視肉っていう、妖魔だよ。不老不死の肉ともいわれているけど、実際はよくわかっていない。そして、視肉そのものは対して怖くもないし被害はでない。どちらかというと、災害の起こる凶兆のようなものなんだ。ってことは、なにか悪いことが起ころうとしてるのかなぁ?」
そのシニク、という生き物についた大量の目がギョロリと私たちの方へと向く。
「ひいっ!?」と、私は得も知れぬ恐怖に私は息を止め、黒瀬くんの腕をがっしりと掴んだ。
「あ、瀬戸さん……怖いんだっけ。まあ、見ててよ」
黒瀬くんは何かポケットから白い紙を取り出し、小さく呟く。白い紙は人型を模していて、それはシニクの方へと向かっていった。それが式神という独特の術だと気がついたのは、そういう知識がたまたまあったからだ。ピタリ、と貼りつくと甲高い超音波のような音が響き渡り、その衝撃でガラスが割れた。やがて、シニクは煙があがり、消滅した。さきほど貼りついていた式神も消え、そうして、後には何も残らなかった。
「つまり噂の原因はコレ!?」
妖魔は視えないが、煙などは他の人に見えるのだろうか。ガラスは割れたままだし、これは確かに誤解を招くだろう。
「噂?」
「えっと、黒瀬くんがちょっとアレっていう噂があってね」
「ちょっとアレ……」
「でも、誤解だってわかったから、いいの。むしろ、とってもいい事をしていたのね。私も誤解していてごめんなさい」
「え、まあ……噂は気にしてないから、いいけど」
「でも、そうなると、あの女性は?」
先程から、私の視界の端にいる女性だ。
「あの女性? って、誰のこと? 何をいってるの?」
黒瀬くんは私の指の先をじっくりと目を凝らして見ているように思える。本当に、あれが視えないのだろうか。
毒々しく赤黒い瞳の女性はグラウンドを眺める――いや、何かおかしい。
黒い錆がついたような肌、ぼろ布に近い制服。底なし沼のように昏い闇を纏うその姿。
そうして黒瀬くんは胸元から数枚の式神を取り出し、小さく何かを唱えだした。
「僕には全然視えないや」
ふう、と息を吹きかけ投げると、その複数枚は勢いよく女性へとまっすぐに進んでいく。そうして、式神が女性にはりつくと、女性は思い切り顔を上げこちらを向いた。その闇の視線は私をじっと見ているように感じて、ぞわりと肌が粟立つ。
「視えた視えた。うん、あれは縊鬼という妖魔だね……かなり厄介だけど、どうしてここにいるんだろう」
「イキ? どう厄介なの?」
「自分が首を吊った場所に現れる妖魔だよ。だいたいは女性で、首吊りを誘発させる恐ろしい妖魔だ。あれ、というか今ので僕たちに気づいちゃった?こっちへ向かってきてるねえ?」
サラリといっているけれども、それは全然ダメじゃないの。というか、なんて恐ろしいものがこの学校に!
「それよりも気になったのはさ、瀬戸さん、僕よりも妖魔がよく視えるってことだよね?」
そう、気になったのはそこだ。陰陽師の遠縁(もはや他人だが)の黒瀬くんが視えるのはまだしもとして。
「霊媒体質、ってやつかなあ。そういう体質の人、って妖魔から狙われやすいんだよね。瀬戸さんは妖魔がいっぱいのこの学校にいることで、もしかしたらちょっと体質が強化されちゃったかもしれないね」
「え、なにそれ。困るんだけど」
というか、悠長にこんな話をしていて大丈夫なのだろうか。イキという妖魔は一歩、また一歩とこちらへと迫る。
「まあまあ、でもさ考えてもみてよ。僕よりも発見が早いということは、実にラッキーなことなのかもしれないよ? 僕より先に兆候を察知してくれたら、学校内の誰も被害にあわずに――それこそ、囮になってくれたらこの学校の妖魔もことごとく事前に抹殺できるかもしれない」
「ちょっと、待って、何て――囮!?」
「うん、今、まさにあの妖魔に狙われてるのは君だ。捕まったら最後、なんと君は首吊りしちゃうよ? ちなみに走って逃げてもムダだから」
「ちょ、ちょっと、それって困るよ!」
「うんうん、とっても困るよね。でも、僕だけじゃあ、実際防ぎきれない被害もちょこちょこ出てたんだよね。それが未然に防げるならラッキーだよね?そんな僕よりも視える人が、一緒にいてくれるときっと楽しいだろうし嬉しいだろうなあ。今はひとりで退治してるし学校でもぼっちで傍に誰もいないし、悲しくて全然力が出ないやー―……」
棒読みでなにをいっているのだろう、この男は!
そうやっていると、妖魔は私を目で捉えたままニタリと気味の悪い薄笑いをする。
「なにいってるの、黒瀬くん! それどころじゃないよ!もう、もうそこまできてるって‼ いやあ、こないで!」
そして、すがるように私は黒瀬くんに詰めよった。
「誰か話し相手になってくれたり、寂しがり屋の僕を助けてくれないかなぁ?そうしたら僕も同じように困ってる人を助けてあげられるのに」
悠長に首を振っている場合ではない、もうすでに手を伸ばせば触れそうな場所に妖魔が迫る。思わず、私は黒瀬くんに抱きつかんばかりにしがみついた。もはや恐怖で私は号泣している。
「わかった、わかったから‼ 私ができることは何でもするから‼ だからお願い、助けて!!!」
「いやー、瀬戸さんって話がわかるいい人だねぇ。そうこなくっちゃ」
黒瀬くんはいうやいなや早々にポケットから札を一つ取り出し、瞬時に唱えだす。手を伸ばしたちょうど先にいた妖魔に札をピタリとつけると、とたんに煙をあげ悲鳴を上げる間もなく消滅した。腰が抜けてしまったようで、私はそのままズルズルとその場にへたり込んでしまった。
黒瀬くんは私の顔を覗き込むようにしゃがんで、わしゃわしゃと頭を撫でる。
「さて、とっても優しい瀬戸さん。これからもずっとよろしくね? 当然、守ってあげるよ、君が僕と一緒に居る限りはね」
プロポーズに聞こえるその甘い言葉は、実質脅迫じゃないの! ってか、それは一生あなたの傍にいることが確定してるじゃないの⁉
ワナワナと怒りか羞恥かで声がでない。そうして、黒瀬くんはとても楽しそうに――心から嬉しそうな表情で、私を見やった。
*****
そして翌日、ふたたび逢魔が時。誰もいない教室で一人、ため息をつく。これから”一緒にいる”という約束を果たすべく――黒瀬くんのところへと行こうかどうかを迷っていたのだ。
そうすると、廊下からバタバタと走る音が聞こえてきた。足音は間違いなく、こちらへと、私へと向ってきている。
ターン、という扉を開ける豪快な音と共に黒瀬くんは目を輝かせて教室内へと飛び込んできた。
「野狗子っていう、妖怪がでそうな兆候がある。被害が出る前に、一緒に行こう、瀬戸さん!」
「なに、それ」
いやな予感がする。それも、とてつもなく嫌な予感だ。
「頭は獣で、身体は人だ。基本は死人の脳みそをすすり食らう。けれど、たまに生きている人間の脳みそも狙う、俊敏かつ獰猛な、とっても恐ろしい妖魔だ」
懇切丁寧なその解説は、今回は聞くんじゃなかった。叫びをあげる間もなく腕をひかれ私たちは教室を飛び出す。
「無理だよ、無理! 怖いもん。本当に無理だって!」
「でも瀬戸さん、僕と一緒にいないと君が優先で狙われるよ? それに、祓える僕がついているから、絶対大丈夫だよ。なんていったって僕は――僕のイトコの叔母さんのお婿さんの友達の学校の先生の子供が陰陽師の安倍晴明でね」
「いやあああ! っていうか、他人どころか、前回と全然設定が違うじゃないの!」
私の腕を取る黒瀬くんは笑顔で満ち溢れ、かの日の憂いはもう見えない。もう彼はすでに一人ではない、私という相棒(被害者)が共にいるのだから。
そして彼の黒い噂には、”校舎裏で女子生徒とイチャついていた”が新しく追加された。それを私が知ったのは、この事件のしばらく後
のことである。
最初のコメントを投稿しよう!