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犯人
「気づかなかった、あの女の子がトラックの前に飛び出してきたんだ!」
トラック運転手の若い男性は、そう主張していた。
防犯カメラの映像も、運が悪いことに車載カメラも壊れていて、互いの証言と主張のみで争うことになった。
「いいえ、違います!突然、僕たちの後ろからトラックがきたんです!」
僕は学生で相手が社会人という年齢の差や、すでに身を投げるのが当たり前となっている昨今の事情を鑑みて、僕のその必死の訴えは退けられた。
トラックに身を投げた女子高生、そして自殺だと断定され――彼女は事件にもなりはしない。
「どうして」
夜の底の自分の部屋で、誰も存在しないその部屋で僕は吐き捨てた。
どうして、こんなことに?
なんで、後ろからトラックが?
僕は絶望の最中、男の元へとひっそりと通い続ける。
毎日のように尾行していた甲斐あって、やっと犯人からその言葉を耳にすることができた。
「彼女、ふっと見かけてずっと可愛いと毎日追っていたら、なんと彼氏がいてさ。目の前でイチャイチャしていたから悔しくて、思わず撥ねちまったよ――」
仲間と酒を飲みながら、かつて真面目に働いていたであろうピアスの男はそういっていた。
けらけらと男は笑って、怒りで我を忘れそうになる。
仲間たちが向ける侮蔑のまなざしは、酒に浸かりきった男にはわからないのだろう。だからこそ、その発言ができたのだろうが。
どうして、どうしてそんな浅はかな考えで僕たちは、死に別れなければならなかったのだろう。
こみ上げる負の感情をこらえる。
「今ならどうせ轢いても無罪になるから、殺してやろうと思ったんだ。黒くて長い髪の――俺好みの子だったしさ」
心底、この男は駄目だ。
生かしておくわけにはいかない。
僕から君を奪ったあの男だけは許さない。
僕は常に持っていたナイフを鞄から取り出して握り締める。
脳まで酒で溺れ切った男の足は、おぼつかない。
一人で夜道を歩いている危険性など、ましてや男である自分が狙われるなど、心にも思っていなかったのだろう。
この日のために必死で研ぎ澄ました闇夜に銀に光る刃は、深々とそして易々と男に刺さっていった。
「なんだ、お前――?」
きっと僕はもう、この時には壊れかけていたのだろう。
躊躇せず刺さったままのナイフを捻る。
そして小さく息をしたかと思うとそのあまま静かになった男を、なんとか引きずって川に放り込む。
誰が死んでもおかしくない世の中だ。
万が一、男が見つかったとしても僕にたどり着こうとも――後悔はなかった。
けれど、その後ずっと誰も男を探しにこず、捜索すらもなく、そうして僕は男を殺すことにそのまま成功した。もしかしたら、あの話をきいていた仲間たちも、僕と同じ気持ちだったのかもしれない。もしくは、そんなことはどうでもいいというくらいに、この世界は死が当たり前すぎたのかもしれない。
そうして、何年かぶりに僕は静かで安らかな夜を手に入れることができた。
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