犯人

1/1
前へ
/4ページ
次へ

犯人

「気づかなかった、あの女の子がトラックの前に飛び出してきたんだ!」 トラック運転手の若い男性は、そう主張していた。 防犯カメラの映像も、運が悪いことに車載カメラも壊れていて、互いの証言と主張のみで争うことになった。 「いいえ、違います!突然、僕たちの後ろからトラックがきたんです!」 僕は学生で相手が社会人という年齢の差や、すでに身を投げるのが当たり前となっている昨今の事情を鑑みて、僕のその必死の訴えは退けられた。 トラックに身を投げた女子高生、そして自殺だと断定され――彼女は事件にもなりはしない。 「どうして」 夜の底の自分の部屋で、誰も存在しないその部屋で僕は吐き捨てた。 どうして、こんなことに? なんで、後ろからトラックが? 僕は絶望の最中、男の元へとひっそりと通い続ける。 毎日のように尾行していた甲斐あって、やっと犯人からその言葉を耳にすることができた。 「彼女、ふっと見かけてずっと可愛いと毎日追っていたら、なんと彼氏がいてさ。目の前でイチャイチャしていたから悔しくて、思わず撥ねちまったよ――」 仲間と酒を飲みながら、かつて真面目に働いていたであろうピアスの男はそういっていた。 けらけらと男は笑って、怒りで我を忘れそうになる。 仲間たちが向ける侮蔑のまなざしは、酒に浸かりきった男にはわからないのだろう。だからこそ、その発言ができたのだろうが。 どうして、どうしてそんな浅はかな考えで僕たちは、死に別れなければならなかったのだろう。 こみ上げる負の感情をこらえる。 「今ならどうせ轢いても無罪になるから、殺してやろうと思ったんだ。黒くて長い髪の――俺好みの子だったしさ」 心底、この男は駄目だ。 生かしておくわけにはいかない。 僕から君を奪ったあの男だけは許さない。 僕は常に持っていたナイフを鞄から取り出して握り締める。 脳まで酒で溺れ切った男の足は、おぼつかない。 一人で夜道を歩いている危険性など、ましてや男である自分が狙われるなど、心にも思っていなかったのだろう。 この日のために必死で研ぎ澄ました闇夜に銀に光る刃は、深々とそして易々と男に刺さっていった。 「なんだ、お前――?」 きっと僕はもう、この時には壊れかけていたのだろう。 躊躇せず刺さったままのナイフを捻る。 そして小さく息をしたかと思うとそのあまま静かになった男を、なんとか引きずって川に放り込む。 誰が死んでもおかしくない世の中だ。 万が一、男が見つかったとしても僕にたどり着こうとも――後悔はなかった。 けれど、その後ずっと誰も男を探しにこず、捜索すらもなく、そうして僕は男を殺すことにそのまま成功した。もしかしたら、あの話をきいていた仲間たちも、僕と同じ気持ちだったのかもしれない。もしくは、そんなことはどうでもいいというくらいに、この世界は死が当たり前すぎたのかもしれない。 そうして、何年かぶりに僕は静かで安らかな夜を手に入れることができた。
/4ページ

最初のコメントを投稿しよう!

4人が本棚に入れています
本棚に追加