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一通り生活に必要な荷解きを終え、私は額の汗を拭う。今日は春らしい温かい気候だ。空気の入れ替え目的で開け放っていた窓から、爽やかな春風が入り込む。
立ち上がって鼻で息を吸い、ぐるりと部屋を見回した。まだ未開封の段ボールは残っているけど、今日からここが我が家だ。二階建て、一部屋1Kの学生向け物件で、そこそこ古いけれどそんなことは気にならない。これからここを、文字通り自分の城にしていくのだ。
念願の一人暮らしとキャンパスライフ、楽しみだな。
「お腹もすいたし、今日は近くで何か買ってこようかな」
スマートフォンを眺めれば、正午はとっくに過ぎていた。窓から外を見れば、民家の屋根の間から見慣れたコンビニの看板が見える。ちょうど良い、あそこにしよう。
私は窓を閉めてしっかりと鍵をかけると、スニーカーを履いて外へ出た。
その時、隣の部屋のドアが開いて、誰かが外に出てきた。びっくりした。けど、お隣さんだ、挨拶しないと。
私が隣の人に声をかけようと顔を上げかけたところで、何故か相手の口から私の名前が告げられた。
「あ、茜⁉」
「え? な――」
ソイツと目が合った瞬間、私の営業スマイルは見事に引きつった。
肩まで伸ばしたチャラい金髪、耳に開けたピアスに切れ長の目つき。家が隣同士で、小学校から高校までずっと一緒の学校だった幼馴染み、山田国敏がそこに立っていたのだ。
「ななな、なんでアンタがここに!? 今回は大学だって別々のはずなのに、どうしてこんなところにいるのよ⁉ え、まさかアンタここに住むの⁉」
「す、住んじゃわりぃのかよ⁉ っていうか、お前こそ、まさかここに引っ越してきたって言うんじゃねぇよな」
最悪だ。私の理想のキャンパスライフが、ガラガラと音を立てて崩れていく。
私の沈黙を肯定と受け取ったのか、国敏は見る見るうちに顔色を変えていく。
「う、嘘だろ? やっとお前との腐れ縁も切れて、新たな気持ちでキャンパスライフを迎えようとしていた矢先に……」
「それはこっちの台詞よ! え、嘘でしょ? そんな馬鹿な」
私の新住所は家族以外誰にも教えていない。仲の良い親友にすら、これからメッセージアプリで知らせる予定だったのだ。
え、だったら偶然? にしては、あまりにも出来すぎじゃない。
「気持ち悪! ストーカーかよ!?」
国敏から飛び出てきた言葉に、ブチンと私の頭の中で何かが切れる音がした。
「はあ!? ストーカーはそっちでしょうが!? なんで私の引っ越し先に着いてくんのよ!?」
「着いてきてねぇよ!? お前の引っ越し先なんて全然知らなかったつーの!? しかも、壁一枚隔てた距離って前より近いじゃねぇか!」
国敏の一言に、一気に鳥肌が立つ。
え、じゃあ私の生活音とかコイツに聞かれたり、逆に聞こえたりするかもしれないってこと!?
うわ、本当にあり得ない。
「イヤー! そんなの、絶対に嫌! アンタ、今すぐ別の場所に引っ越しなさいよ!?」
「はあ? 引っ越しすんのはそっちだろ!? 俺は引っ越してきたばっかだぞ⁉」
「私だってそうよ⁉ もぅ、本当に信じらんない! 絶対に聞き耳なんて立てるんじゃないわよ! あと、行き帰りにばったりなんてシチュエーションもごめんだからね!」
「その台詞、全部そっくりそのまま返してやるよ! はん!」
妙な声を発して、国敏は踵を返して反対側の廊下を歩いていく。私も勢いよく背を向け、アイツとは別方向へ歩き出した。
まだ背中がぞわぞわする。思わず両手で肩をさすった。
いや、本当にどうしてこうなっちゃったのよ。念願の一人暮らし、勉強にバイトに遊びに恋に、思いっきり満喫してやろうと思ったのに、隣にアイツがいるってだけで全然心が休まらないじゃない。
「わざとこうなったんじゃないって言ってたわよね……。アイツは信じられないけど彼女持ちだし、わざわざこんな気持ち悪いことをするメリットはない、はずよね。え、だとしたら」
私に着いてきた訳でもなく、偶然隣の部屋になったってこと?
え、そっちの方が気持ち悪くない?
「もー、最悪、本当に何なのよー!!」
*****
皆様、突然ですがこんにちは。
私、女神です。
ただの女神ではございません。何を隠そうこの私、「漫画みたいな、幼馴染みラブコメを実際に拝みたい女神」でございます。
まぁ、広義の縁結びの神とでも思ってくださいまし。
しかし、この度の縁結び対象者の茜様と国敏様。私がしっかり幼少期からお膳立ててアレコレ縁を結んできたと言いますのに、一向にフラグ……ご縁を結ぶことができませんでしたわ。
今回、うっかり物理的に距離が離れてしまうところでしたので、強行手段でお二人のお引っ越しのお手伝いをいたしましたが、むむ、私とあろう者が少し失敗してしまったようですわね。
いいえ、ここから大逆転勝利となる可能性もありますし、ここは他の場所に種蒔きをしつつ離れて様子を見守ることといたしましょう。過ぎたるは猶及ばざるが如しとも言いますし、意外と何もしない方が良いこともあるかもしれませんわ。
おっと、そうしている間に、あそこに物件を探しにきた妊娠中の若いご夫婦が。
ちょうど良いですわ。この前男の子が産まれたお家のお隣さんになぁれ!
ふぅ、これでヨシと。
さて、これからも皆様の幸せのために、頑張りますわよ!
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