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「えっ……やっぱり」
瞼を上げて凝視するとユズさんは吹き出す。
「冗談、冗談。ずば抜けて素敵な男性だとは思うけど、私には課長に負けないぐらい素敵なパートナーが居るから」
私は引っかけられたことに気付き「やられたぁ。表情がリアル過ぎます~」破顔した。
「ごめんね。刑事には演技力も必要なときがあるから、希子ちゃんも練習しといたほうがいいわよ。で、彼氏はいるの?」
「はい、一応。婚約者がいます」
ユズさんはにっこり微笑んで「婚約者?いいなー」音をたてない拍手の仕草。
かわいい姿は絵になる。次第に私の中で劣等感が生まれ、一欠片でもいいから女子力を分けてもらえないかなと思った。
婚約者、いいな。その言葉に私は気使いが足らなかったと後悔した。ユズさんにはどんなに好きなパートナーが居ても、籍を入れられない現実がある。
彼は私の気持ちを察したのか「希子ちゃんは当たり前のように接してくれるから、話してて嬉しくなる。なかなか仕事場にはいないの。みんな何かしら気を使って話をする人ばかり」整った形の唇を上げて言う。
そっか。今のままでいいんだ。
女子同士の恋ばなの感覚で。
「私もユズさんと話してて楽しいです。初日から上司に対して失礼ばかり言っちゃって」
「上司や失礼なんて考えないで、これからも今のままでいて。私にとって仕事場で気兼ねなく恋ばなできるようになって、最高の気分なんだから」
笑顔が素敵で、性格は明るくて器が大きい。
魅力が溢れている。
「そんな、私なんか……」
戸惑いながら照れる私の姿を見てくすくすと笑うと、ユズさんは「じゃあ、仕事の説明に入るわね。このまま喋ってたら定時になりそうだし」棚からファイルを数冊取り出す。
この日は一日、規則や法令、安全や組織のあり方などのマニュアルを読み続けた。警察学校で習った内容ばかりで早く警官らしい仕事をしたかったけれど、最初は仕方ないとやる気が先行する自分に言い聞かせる。
「お疲れ様。今日はここまでよ」
眠気と戦っているとユズさんに声をかけられた。
重い瞼を一気に上げて「はい、お疲れ様です」寝起きの声で返事をする。
「また明日ね」
私は頭を下げて帰り支度をしたけれど、周りは当然のように残業し、誰一人として帰っていなかった。
申し訳ない気持ちになりながらドアを抜けようとすると「望月」後方から声をかけられ、びっくりしてふりかえった。
そこに居たのはモデルのような立ち姿のイケメン……近藤課長の姿。
固まった私を彼は真っ直ぐに見つめ「帰ろうとしているところ悪い。少し話がある。大丈夫か?」低くて男らしい、クールな声質で尋ねられた。
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