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「ペ……ペア?私と近藤課長が組むってことですか?」
目を丸くして尋ねると「お待たせしました。コーヒーと紅茶。あとこれ、可愛いお嬢さんへサービス」マスターが目尻にシワを寄せてティーカップの横に美味しそうなロールケーキを置いてくれた。たっぷりの生クリームと様々な果物がぎっしり入っていて、お腹が鳴る。
意識は会話の内容で驚いているのに、体は違う反応。
「マスターさん、ありがとうございます。ロールケーキ大好きなんです。ダイエット中だけど、こんなに美味しそうなら今日は一時中断します」
「食べなさい、食べなさい。お嬢さんはダイエットする必要ないよ。もっとふっくらしたほうがいいぐらいだ……ああ、今はこんな言葉はセクハラになるんだったな。では逮捕される前に退散」
笑いながらマスターはカウンターへ戻ってゆく。
「いただきますっ」
早速、手を合わせてロールケーキを口に入れる。
スポンジはふわふわで、生クリームは甘すぎず、果物の甘酸っぱさが最高。まさに三位一体の絶妙なおいしさ。今まで食べたロールケーキの中で断トツ1番。その味からどこかで買ったものじゃなく、手作りだとわかる。
ここのマスター、ただ者ではない。
「じゃない、今はそれどころじゃない」
思いにふけっていた私は我に返り、そう言って首を振る。
「どうした?壊れたか?」
不思議そうな顔をした近藤課長。
「あ、すいません……そうじゃなくて、1ペアになるって、新米の私の相方が課長?ですか?課長ってもっとこう、事務所にふんぞり返ってタバコをぷかぷか……今は喫煙禁止だった……違う違う……部下を取り仕切る役じゃないんですか?普通は現場に足を運ばないでしょう?」
「とりあえず、落ち着け。口に生クリーム付けながら訴えられても気が散って頭に入らない。まあ、可愛いが」
ドキッ。
心音が跳ねる。
私は慌てて舌で唇を舐めて、念のためハンカチで拭く。
イケメンが怖い雰囲気で『可愛い』なんて言っちゃダメ。不意打ちで危うく胸を捕まれそうになる。
浮気じゃないのに、なんだか直弥に対して罪悪感が込み上げた。
「からかわないで、ちゃんと聞いて下さい」
「からかってない。本心を言ったまでだ」
「マスターの言葉よりセクハラですよ」
自分の罪を消そうと、近藤課長に八つ当たりしてしまう。
「セクハラか。難しい世の中だな。可愛いと思っても、口に出してはいけないなんてな」
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