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スポンジが喉に詰まり、私は激しくむせた。
マスターは吹き出して笑うと「お嬢さんも厄介な人間から好きになられたな。警視様とは長い付き合いだが、こんなに感情を出している姿は初めて見た。同情するよ」さりげなく、ティーカップを目の前に移動させてくれる。
紅茶を飲み、胸を叩いてやっとのことで息ができるようになった。
「……っあー、苦しかった」
「大丈夫かい?食べづらいだろうから、この老いぼれが助けてあげよう」
一度カウンターまで行き、マスターはA4サイズの封筒を持って戻ってくる。
「警視様、お嬢さんばかり眺めてないで、これのご確認を」
言葉とは裏腹に、彼は突き出して渡す。
マスターのその顔は別人のように違い、無表情で瞳だけが油を浮かせて不気味に揺れていた。
「はい……わかりました」
封筒からクリアファイルを取り出して、ノートほどの厚さの書類へ目を落とす。
中身が気になりながら、私は変わらずロールケーキをほおばり続けた。
近藤課長は顎に手を当ててすべて見終わると「俺の性格より厄介な内容ですね」眉間にシワを寄せて、立っているマスターを見上げる。
「どっこいどっこいだな。長い付き合いでも、警視様の知らない一面を今知ったように、知ろうとしても限界がある。わからんものは、わからんものなのか考えているところだよ」
「引き続き、お願いできますか?」
「言われなくてもそのつもりだよ。この老いぼれから頼んだしね」
「ありがとうございます。助かります」
「……だが、本当にいいのかい?」
「本心では気が進みません。しかし、可能性がある限り、辛くても俺は真実を知るべき立場ですから」
「それでいい。警視様の考えは間違ってないと、老いぼれも思うよ」
近藤課長はマスターの言葉を聞いて口元に力を入れ、拳を握りしめた。
「俺の中では限りなくグレーだと考えています。だが、決定的な証拠がない」
「警視様の言う通りだよ。このままじゃ疑惑……いや、疑惑の段階すら証明できないな」
やり取りを聞いて、ロールケーキの味が次第にしなくなってゆく。
「あの……何の話でしょうか?」
私は近藤課長とマスターを交互に見て尋ねる。
「希子はまだ知らないほうがいい。ただし、まだというだけだ」
「まだ?」
マスターは会話を引き継ぐように「老いぼれから見ても同意見だよ。まだ、この内容は警視様と老いぼれの間だけに留めておいたほうがいい」真顔でそう言われる。
気になる。でも、二人がまだだと言う限り、私が知る術はない。
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