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「さて、明日の仕込みでもするかな。お嬢さん、無愛想な顔の前だけど我慢して、ゆっくりしていきなさい」
マスターはエプロンで軽く手を拭い、食べ終えたロールケーキの皿を手に取って、調理場まで戻っていった。
8皿目のロールケーキを半分で切って手を止め、私は近藤課長を凝視する。
「喫茶店の店長だけど、今のやり取りからして何か違いますよね?早めに閉店してくれたのは、誰にも話の内容を聞かれないため?近藤課長がここへ来るたびに何かを手渡している様子ですし、いくら馬鹿で鈍感な私でも、おかしいことぐらいわかります」
聞きながら、彼はゆっくりとコーヒーを口にした。
「正直俺は、マスターのことを話すか決めかねている」
「なぜですか?」
「希子がつい口を滑らせれば、事件解決への推進力は半減するからだ」
「そんなに大事なことなんですか?」
「大事だ。一番信頼し、力を貸してもらっている人だからな」
「マスターが?」
「ああ」
「私は曲がりなりにも、近藤課長の相棒です。うっかり話さないように気をつけます」
「話す……が、すぐに忘れろ」
矛盾しているけれど、彼が言いたいことはわかる。
「承知しました。聞いたらすぐに忘れます」
近藤課長はコーヒーカップを見続けて、迷い、思案していた。
マスターは優しくて、ほんわかしていて、癒しを感じるほどの雰囲気がある。
何か裏の顔があるとは到底信じられない。
近藤課長が話したくないなら、それでもいいと思った。
ただの好奇心に近い考えで悩ませるわけにはいかない。
「……もう、芹沢さんと出会って10年以上が経つ」
前触れもなく、彼は口を開いた。その目は遠くを見つめている。
「芹沢さん?」
「マスターの名前だ。芹沢 龍道」
ほんわかとしたマスターには似合わない名前。
「どんな出会いだったんですか?」
「地獄行きの出会いだった。俺が入社してすぐに、相棒にさせられたんだ」
「えっ、マスターって元警官?しかも近藤課長の上司で初めての相棒?」
「そうだ。そのときは芹沢さんが警視だった。ただ事件を解決する手段は破天荒で暴れん坊、ただ間違いなく他とは比べられない実力を持ち、あの人が居たから当時の刑事課は面子を保っていたんだ。捜査に手段を選ばない芹沢さんには、相棒になりたい人はおらず、入ったばかりの俺は強制的に相棒となった」
「……そんな。どこかで聞いた話にも思えるけど。あんな優しいおじいちゃんが昔は破天荒で暴れん坊だったなんて、信じられません」
「だろうな。だが、俺は今でも芹沢さんを見ると緊張する。破天荒……つまり、普通なんてないと教えてくれた人があの人なんだ」
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