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4月 ④
時計が20時を指すと、ユズさんはパソコンから私へ視線を移す。
「ねぇ、希子ちゃん。相談があるんだけど……」
事務所にはユズさんと私以外に誰もいない。
初めての当直に、緊張と期待が混ざり、ふわふわとしていた。
薄暗い室内には、私達の上しか照明は光っておらず、スポットライトというより誰も通らない路地の街頭に近い光景で変な感覚になる。
「相談?私に?」
誰もいないから当然だけど、ユズさんともあろう人が私なんかに相談なんて信じられなかった。
「うん。相談というか、お願いというか……」
「お願い?何ですか?」
「シャワー室のことなんだけど」
「シャワー室?」
疑問ばかりの口調で返す私。
「警視庁ってさ、課で分けられているからここの事務所以外にもたくさんあるって知っているよね?」
「はい、事務所だらけですね」
「私達だけじゃなく、それぞれの課で当直している人がいるんだけど、みんなシャワーを浴びるの」
「そりゃ、そうだと思います。まだ4月ですが、すでに暑いですし。私もシャワー浴びたいです」
キーボードに乗せていた手を高く上げて背伸びをすると、ぼきぼきと関節が鳴る。
「こんなに沢山の事務所があるのに、シャワー室は男性用と女性用の2つが2ヶ所にしか無いの」
「えっ、少ない。ありえない」
「本当は後1つずつあるんだけど、壊れてるらしくて。いつも当直のときは、その壊れているほうを使っていたの。そっちが古くて使う人が少ないから。そこでお願いがあるんだけど……」
「私にできることなら、何でも聞きます」
「実はこっそり女性用を今までは使ってた。古いほうは少ないから。それでも出入りは周りを窺って、見つからないかドキドキしながら」
なるほど、と府に落ちる。
もし私が男性用のシャワー室を使わなければいけないとなると、やっぱり嫌。
男性ってどんな使い方をしているかわからないし、きっと出るときに床なんかを洗い流してないはず。次の利用者のことを考えられる人は少数だと思う。特に警察は、がさつな人が多い。
「ユズさんの気持ち、よくわかります」
「本当は男だから女性用を使っちゃダメだけど、どうしても無理で……しかも今日は1つしか無いから見つかる可能性は高い。出てきているところを他の女性から見られたら、うちの課にクレームが来ると思う。だから、見張りをしてもらいたくて。希子ちゃんが嫌じゃなければだけど……」
「なるほど。そんなのお安い御用です。任せて下さい」
「ありがとう。凄く助かる。早く出てくるから」
「いえいえ、ゆっくりでいいですよ。刑事課は呼び出しも少ないって聞きましたし」
「……よかった。なかなか言い出せなくて」
「気にしないで下さい。じゃあ善は急げです」
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