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『そんなんじゃない。私だっていい大人だし、警官のはしくれだから大丈夫って意味だよ』
どう返事をすればネガティブに取られないか考えてメッセージを作成し、数回読み返して送る。
その後で物足らない気になり『その分、明日の夕飯は楽しみにしてるからね』と追加した。
『わかった、任せろ。何かあったら遠慮せずに連絡をくれ。着信音はMAXにしておく』
いつもの私ならメッセージを考えたり、気にかけられたりするのは面倒だなと思うはず。でも、嫌な気持ちは微塵もしなかった。
「希子ちゃん、居る?」
無意識に胸に当てたスマホと上がった口角を、真剣モードへと焦って切り替える。
シャワー室のドア越しにユズさんの声がして「はい、居ます」と早口で告げた。
「ごめんね、待たせて。重ね重ねで悪いんだけど……」
何か言いたそうだけど、弱々しくて「どうしました?」と尋ねる。
「シャワーセットをデスクに忘れちゃったみたい」
「なんだ、そういうことですか。取ってきますね」
「本当に、あれこれごめんなさい。デスクの3段目の引き出しに紫のポシェットがあるから、それをお願い……します」
「気にしなくていいです。私、後輩なんだし、たいしたことじゃないですから。ちょっと待ってて下さいね」
ユズさんのようなしっかりした人でも忘れ物するんだ、意外。と思いながら、親近感が湧きながら事務所へ急いだ。
すぐに紫のポシェットは見つかり、戻って女性用のシャワー室のドアを開ける。
開けた瞬間に息を大きく吸った。
……しまった。女性用のシャワー室だし、ユズさんを女性だと思い込んでいて、当然のように開けちゃった。
心も何もかも女性ではあるけれど、体だけは……男性。
こんなとき、どうすればいいか、これまでの記憶を探しても経験はない。相手の気持ちになろうとしたけれど、どうしてもわからないものは、わからない。
「ご、ごめんなさい」
もうその言葉しか出なかった。
目を瞑ろうとしたけれど、開いた瞼は簡単には下がらない。
私の視界は、しっかりとユズさんの姿を捕えていた。
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