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その晩の当直は地域課や交通課は忙しかったらしく、何台もパトカーは出て行き、戻ってはまた出ていくを繰り返していた。
殺人や強盗、強姦などの事件が無い限り、私達刑事課への出動要請は来ない。
この日は、ひたすら報告書やファイル整理など事務の業務で終わった。
何もなく平和な夜は喜ばしいけれど、拍子抜けして残念な気持ちも少なからずある。不謹慎だけど。
朝になり、ぽつぽつと同僚が入ってきて誰もが眠そうな顔で「おはようございます」と壊れたラジカセのように同じセリフを言う。
唯一の例外は最初に出勤してきた近藤課長で、まっすぐに私の前までくると「何事も無かったか?大丈夫だったか?」と矢継ぎ早に質問された。
連発される質問にひたすら「何も異常ありませんでした」と答えた。
彼の顔は目の下にはくまが出き、どちらが当直明けかわからない。
心配で寝らずに起きていてくれたのかもしれない。近藤課長ならやりそうなこと。
何を言われても私は「異常ありませんでした」の一点張り。実際に何も無かったのだから、他に答えようがない
眠気で頭が回らず、他の言葉も思い浮かばなかった。
ユズさんは私達のやり取りを見ながら笑い声を押し殺している。
恥ずかしく思っていると、それを打ち消すかのように電話が鳴った。
「はい、刑事課の望月です」
入り口の案内係だと伝えられ要件を尋ねる。
「え?うちは刑事課です。内容からして、地域課やマル暴……組織犯罪対策部の管轄じゃ?」
私が言うと、予兆もなく受話器を取られた。
「もしもし、電話変わりました。刑事課の近藤です」
目が点になったまま彼の様子を見ていると「わかりました。ありがとうございます。すぐに現場へ行きます」告げると豪快に受話器を置く。
「希子、行くぞ」
「行く?どこに?もしかして今の話の現場へ?」
「説明は後だ。一刻を争う。ユズ、後は頼んだ」
きょとんとした私を横目に「了解しました。いってらっしゃい」と小さ手を振った。
近藤課長は脱いだばかりのスーツの上着を手に取り、足早に出口へ向かう。訳もわからないまま、私はバッグを肩にかけて後を追った。
やっぱり私は金魚のふん。
彼の背中を追いかけることしかできない。当直をして一人前になったつもりが、やっぱりつもりでしかなかった。
「近藤課長、教えて下さい。どうして私達が行く必要があるんですか?」
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