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パトカーではなく、近藤課長は車に乗るとすぐにエンジンをかけた。おろおろしながら助手席へ入る私。
シートベルトをするかしないかのタイミングで車は走り出す。
「電話の内容は聞いただろう?」
国道へ出て彼は口を開いた。
「はい、聞きました。歌舞伎町の銭湯で暴力団と見られる男性が大勢で来ていると。男性用の浴場を独占して一般客が入れないから、そこのご主人が困って相談の電話が来た……ですよね?」
「そうだ」
「だったら、やっぱり地域課が注意しに行くか、組織犯罪対策部の人達が行くべきじゃ?殺人や強姦があった訳じゃないですし、刑事課の畑じゃないですよね?」
組織犯罪対策部は通称マル暴と呼ばれていて、主に暴力団に対して仕事をしている。地域課は言葉そのままで、幅広く地域に貢献するための職務。
「地域課だと弱すぎる。逆にマル暴だと強すぎる」
「弱い?強い?」
「まだ希子には理解ができなくて当然だ。暴力団と見られる連中は、何も犯罪をしていない。風呂に入りに来ただけだ。まだ確定ではないが、本当に暴力団だったとして、地域課が対応すれば証拠がないことをいいことに、適当に誤魔化されれば警察は何も言えなくなる。つまり地域課だと言えば舐められて終わり」
「警察が舐められる……じゃあ、組織犯罪対策部の管轄ですよね?組員の顔も把握されてるでしょうし」
「ダメだ。暴対法がありはするが、何もしていない組員に対してマル暴が出てきたら刺激が強い。組長や幹部連中が騒ぎ出せば、厄介になる。暴力団関係は繊細なんだ。絡み合った小さい駆け引きの中で、失敗すれば抗争の引き金になりかねない。だから、マル暴が出れば強すぎなんだ」
「うーん、何となくわかりますが、そこで刑事課が出る必要ありますか?」
「刑事課だから動ける。事件の捜査として聞き込みの途中で立ち寄ったと言えば、地域課より強く威圧をかけ、マル暴より弱い刺激で動ける」
「……なるほど。あくまで何かの捜査の聞き込みで寄って様子を窺うということですね」
「簡単に言えばそうだ。地域課の課長やマル暴のトップにも許可は得ている」
「でも何かあったら……」
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