3月 ①

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こりゃ、凄い。田舎では滅多に見ない……というか、そもそも田舎は若い人が少ないんだけど。 東京に来てから10年の間でも断トツのイケメン。私が芸能事務所のスカウトだったら迷わず声をかける。 唖然としていると譲られた椅子に大学生ぐらいのやんちゃそうな男の子が我先にと座った。 「ラッキー」 悪びれる素振りもない男の子に対して、半端ないイケメンさんは「君に言ったんじゃない。おばあさんに言ったんだ」と低い声を出す。 声まで素敵だった。 「はあ?席なんて早い者勝ちだろ」 あからさまに挑発した顔でにやける男の子を、イケメンさんは睨む。 つい先ほどおばあちゃんへ話しかけたときは爽やかで優しい笑顔だったけれど、今は面影がない。あるのは冷たく、新品のナイフのような鋭い視線。 まずい……これ、喧嘩になるパターン。 警察官としてこんなときは冷静な対処をしなきゃいけない。 そう思いつつも、脈は早くなり体の力は抜け、足がすくむ。 2人は視線をぶつけて「仕方ねーな。わかった、わかったって」イケメンさんの鬼気迫る雰囲気に男の子は屈して、席を立ち、舌打ちをして人混みをかき分けながら姿を消した。 え?喧嘩になる前に、男の子は負けた? でも、それも納得。他人事でもイケメンさんのオーラに私も圧倒された。 喧嘩になりそうだったから足がすくんだかと自分で思っていたけれど、彼の強烈な睨みに対してだったと気づく。 「おばあさん、ごめんね。若気の至りだろう。どうぞ座って下さい」 また一転して彼は柔らかい笑顔で言う。 何?この素敵なギャップ……悪には厳しく、困っている人には優しく……しかも恩をきせる感じは微塵もなく、さりげない当たり前の様子。 これはある意味、犯罪かもしれない。 たくさんの女心を奪う大罪。 逮捕するべきかも……
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