3月 ①

6/20
前へ
/192ページ
次へ
この落ち着き、犯人への対応、手際のよさ。 どちらが警察官かわからない。 「……でも、職場でこの状況をそのまま伝えるのは……」 「大丈夫。駅に着いたら職場に電話して痴漢をされたじゃなく『痴漢の逮捕に協力した』って言えばいい。嘘でもない。新人なら尚更、正義感の強い人が入ってきたと良く思われる。疑われそうなら、俺が代わっては話をする」 言われてみれば確かにそう。職場が警察なら尚更。早速、逮捕に関わったとしたら褒められるかもしれない。 ただ、警察の聞き込みで名前や職業を尋ねられたら、被害者だと本庁にバレるかもしれない。 イケメンさんには自分が警察官だなんて言えない。何もできず固まっていた警官なんて恥ずかしい。 彼の真剣なまなざしを受け、私は気づいた。 出勤が遅れるから? 職場でバレたくないなら? 警官で何もできなかったから? そんな理由で次の被害者が出てもいいっていうの? それは私の保身でしかない。自分が犠牲になっても、絶対に被害者を守るって気持ちで辛い訓練に耐えてきたんじゃないの? 私みたいに恐怖を覚え、ひどい人はトラウマになる。偶然、私の場合は彼がいて幸運だっただけ。 こんなちっぽけな理由で負けちゃダメだ。 「さっき言った内容は、忘れて下さい。ありのままを職場には話します」 「いいのか?後々、困ることになるかもしれないよ」 「大丈夫です。私、警察官ですから、次の被害者を出させる訳にはいきません。誰か1人でも守れるなら、困っても何を言われても耐えられます」 「……警察官?」 イケメンさんは一瞬驚いた顔をしたが「俺の考えだが、それは犯人を逮捕する以上に勇気がいると思う。立派な警官だな」揺るぎない瞳をしたまま、眩しいくらいの笑顔を向けられた。 好きとか一目惚れとかじゃないけど、本当にかっこいいなと心底思う。 するとイケメンさんは笑みを浮かべたまま、口を開く。 「警官としても、人間としても、君はかっこいいよ」 彼の言葉に感じたことがないものが込み上げた。
/192ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2612人が本棚に入れています
本棚に追加