2612人が本棚に入れています
本棚に追加
次の駅へ到着すると、私とイケメンさん、痴漢男はすぐに降りた。
ほっとした瞬間、痴漢男はイケメンさんの腕を噛んで、抑えられた手をほどいて走り出す。
私は驚き「大丈夫ですか?」と尋ねたときには、もう彼の姿は無かった。
戸惑いながら周囲を確認すると痴漢男が逃げた先へ走り、あっという間に追い付くと飛びかかった。転んで地面へうつ伏せになる痴漢男の腕を背面へ回し、取り押さえる。
……嘘。何者?
その一瞬の出来事に目を奪われ呆然とした私は、はっと我に返り駅員さんへ痴漢男を捕まえたと助けを求めた。
すぐに鉄道警察が来て、痴漢男は逮捕される。
逃げてもイケメンさんにすぐに捕まるとわかっていたため、男は観念して何の抵抗もしなかった。
「噛まれた場所、大丈夫ですか?」
「これくらい平気だよ」
まだ険しい顔には、背筋が凍るような怒りの瞳がある。整った顔立ちとクールな雰囲気を纏っているため、尚更怖い。
「見せて下さい」
彼の袖をまくると「うわっ」つい声を漏らす。
歯形がしっかりとついていて、血が出ている。
「これ、平気じゃないですよ。すぐにトイレで洗って下さい」
「いや、大丈夫だか」「大丈夫じゃないです。早く」
声を強くして言い、トイレの方向へ背中を押す。触れただけでほどよい筋肉がついていることがわかった。
無理やりトイレまで連れてゆき、洗って出てきたイケメンさんの腕を見るとまだ出血している。
私はポケットからハンカチを出して、きつく縛り止血した。
「悪い、ここまでしてもらって」
「お礼を言うのは私のほうです。助けてもらってありがとうございました」
深々と頭を下げたとき、後方から声をかけられる。
「やっと見つけました。鉄道警察の者です。調書を取りたいのでご同行願えますか?」
40代ぐらいの制服を着た同業者さんは額にかいた汗を拭う。
頷いて了承し、駅構内の交番へ行きながら、私は警視庁へ電話をして遅刻すると伝え理由も話した。
交番の中へ入ると私たちは離れた場所で聴取を受ける。
痴漢で被害者と他に関わった人が居た場合、お互いが口裏を合わせ詐欺を行わないようにするためのやり方。
詐欺だけじゃなく、冤罪を防ぐためでもある、と習ったことを思い出す。
さらに言えば、被害者と関わった人が他人であるなら、個人情報に配慮する意味合いも含まれていた。
これを習ったときは、警察って色々と面倒で大変なんだなと思った記憶がある。
まあ、まさか被害者側になるとは思いもしなかったけれど。
最初のコメントを投稿しよう!