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つい険しい顔を向けてしまう。
さっき依知花さんと話したとき、自然な演技ができなかったことを思い返すと、日頃から慣れておくべきは正論。
「ひ……陽之季さん、じゃあ今日は宜しくお願いします」
感じたことがない、変な緊張。
近藤課長は花が咲いたみたいに顔を明るくさせ「任せろ、希子」とエプロンを受け取り腕まくりをした。
包丁でケガをさせたくない、名前で呼んでほしい、捜査一課の課長でエリートなのに、こんなことを言うなんて想像もしていなかった。
まるで私は子供扱い。
これが世の中でいう溺愛?
大切にしようとしてくれている発言や行動は、気持ちがひしひしと伝わってくる。
仕事のみの関係で夫婦になったのなら、ここまで気づかう必要はない。
そして私が『陽之季さん』と呼んだときの顔。
キラキラとした笑顔で、喜びが溢れていた。
かなり強引な溺愛。
ほんの少しだけ、心のトゲトゲしていた先端が丸くなる。
「じゃあ、私は夕飯ができるまでどうしていればいいですか!」
「テレビを見るか、適応に本を読んでてくれ」
……これじゃ。私、お嬢様かお姫様。
「嫌です。テレビはいつもそんなに見ないし、本棚には好みのものがありません。難しい話ばっかり。恋愛系が無しなんて、人生半分損してます。そんなんだから、女心も……いえ、何でもないです。そうだ、掃除ならいいでしょう?」
「早口でよくわからなかったが、じゃあ、頼む。いつも掃除ロボットに頼ってばかりだから助かる」
優しくしてくれてるのに、何で毎回、噛みつこうとしちゃうのだろう……
負けず嫌い?
強引さに苛立っている?
いきなりの結婚だから?
私は掃除機を動かしながら自問自答を繰り返した。
部屋の角や小さな隙間は、やっぱりロボットだけあって埃を取りきれていない。
ふとそう思った瞬間、埃と共に疑問が取れた。
……そっか。
許したくないんだ、心を。
心の隅から隅まで見せてしまったら、どうなるかわかっているから、私はこんな態度を……
彼に嫌われたくない。
突き放されたくない。
好きになったこと、後悔されたくない。
今、近藤課長を失ったら、私は……前が見えなくなる、きっと。
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