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「冗談、冗談ですよ。警視様がそんなことして捕まったら、警察全体の問題になりますから。それに……」
「それに?」
陽之季さんがそんなことする訳ない、と言いそうになって急ブレーキをかけた。
ふと我に返る。
直弥が亡くなったばかりなのに、何してんだろ。
「まあ、いい」
小さくため息をつき、肩を落としたまま、近藤課長はボトルを開けようとする。
「ちょっと待った」
私は声を上げる。
「どうした、いきなり」
「やっぱり今じゃないです。酔わせてどうのって話じゃなく、今は心からおいしく飲めないです」
彼はボトルに向けていた視線を私へ移し、覗き込む。
数秒間、お互いに黙って「なるほどな。確かに今じゃない。無神経だった。悪い」小声なのに、響く。
「謝らないで下さい。陽之季さんが精一杯おもてなしをしてくれようとしている気持ちは、わかってます。もちろん、悪気がないことも」
「いや、やはり俺が悪い。嬉しくて周りが見えていなかった。申し訳ない」
深々と頭を下げられ、私は首を大きく横に振る。
「止めて下さい。もし……もしもの話ですが、私が直弥への気持ちに整理がつく日が来て、陽之季さんと心から乾杯したい日を迎えられたとしたら、そのボトルを開けて下さい。もしもの話です。あくまでももしもですよ。期待はしないで下さい。その日は来ない可能性が高いです……」
私が発した言葉で近藤課長の目の色が変わる。一点の曇りもない、澄んだ瞳。
「それがいい。俺は何がなんでも、絶対に現実にする。一緒に笑って乾杯できる日を」
悲しませず、期待させないようにもしもを強調し連呼したにも関わらず、彼には効果が無かった。
でも、どっかで、そんな日がいつか来ればいいなと思う自分もいる。
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