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「なんとなくわかりました。私はスピードとずぼらが命です。レンチンした玉ねぎと切ったウインナーを炒めて、炊き立ての炊飯器にケチャップと一緒に入れて卵で巻いたら完成。ね?ずぼらでしょ?」
なぜか、私はどや顔で近藤課長を見た。すると彼は「なるほど。効率的だな」顎に手を当てて感心する。
引かせるつもりで言ったのに、逆の反応にこっちが唖然とした。
「そんな私でも、夕飯は任せますか?」
「作りたくないか?」
別に30分あれば適当に作れるので嫌じゃない。でも私が唖然としてばかりで、何だか意地悪したくなった。
「作りたくないです。半年間、毎日作ってくれますか?」
バランスのいい献立を考え、買い物をし、作る。言葉では簡単だけど、結構面倒くさい。しかも自分だけなら気分が乗らないときは外食したり、ウーバーしたり、カップ麺でもいい。ただ、自分以外の人も食べるとなるとそうはいかない。
だから、この言葉はかなりダメージを与えるはず。
彼は『それは厳しい』とか何とか、渋い顔をし『仕方ないなぁ。作ってあげますよ』と、やれやれといった返事をすれば、私の勝ち。
近藤課長は口角を上げ、並びが綺麗な白い歯を見せると「もちろん、作らせてもらう。希子が頼ってくれるなんて嬉しいよ」何度も頷き、興奮気味に言う。
……そうきたか。私の中の普通が全く通じない。こうなってしまった限り、やっぱり私が作りますなんて言い出せない。
半年間、毎日作れなんて、私って何様?
「仕事が遅くなっても、幸い希子と組んでいるから帰りは同じ時間だ。後ででいいから、紙に嫌いな食べ物や食材、反対に好きなものも書き出していてくれ」
ヤル気満々な高らかな声。
私が頼ったと考えるなんてポジティブ。
まあ、しばらく様子を見てきつそうなら交代しよう。そう思うしか無かった。
どこまでも私は甘やかされてしまう。どんなことを言っても喜ばれるなんて。
仕事中は厳しくて強引で、いつでも冷静なのに、こんなに変貌するなんて、そのギャップに私の心に張った膜が少しだけ溶けてゆく。
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