3月 ⑦

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「すまない、本当に。つい幸せに状況を見失ってしまった」 「……別に、謝ることないです。怒ってませんし」 ぶっきらぼうに返事することで精一杯。 「こんなに幸せを感じ、癒されるのは何年ぶりだろう。まだ俺の中にあったんだな、こんな感情」 「私なんかで、幸せを感じる?癒される?そんな馬鹿なことありません。こんなどこにでもいる普通を絵に描いたような人間なのに」 「普通?」 「……あ」 「普通の人なんて存在しない。誰もがそれぞれの生き方をしていて、違う魅力を持っている。もちろん、普通と思っている希子にも当てはまる。自分で気づいていないだろうが、君の魅力は誰も持たない希子だけの魅力だ。それに俺は惚れたんだ」 29年間生きてきて、通知表は1学期から3学期まで5段階評価ですべての教科、オール3だった。 社内に出てもA~E評価があり、私は常にC評価。これを普通と言わないで何と言う。 容姿だってファッションには疎く、化粧も苦手。 こんなに素敵な人が私なんかを好きって。 ちょっと……いや、すごく変わってるけど。 返事に困った。 下手に期待させる言葉はできないし、だからといって否定するのも違う。 誤魔化すように夕食を一気に食べ「ご馳走さまでした。食器洗いぐらいはさせて下さい」有無を言わせないよう、強い声質で告げた。 「食洗機があるから、気にしないでくれ。それより疲れただろ?シャワーでも浴びて横になっていいぞ。後は俺がやっておく」 有無を言わせないように声を強くしたのに、彼にら通じなかった。 何をどう言っても、近藤課長は自分が口にしたことは譲らない、きっと。 「ありがとうございます。ではお言葉に甘えます」 私はなぜか怒りながら頭を下げ、自分の部屋へ行き、着替えを持って浴室へ向かった。 脱衣場には鍵があり、ほっとする。 脱いだ衣類は袋に入れ、後から洗濯して自室に干すことにした。下着は見られたくないし、変なスイッチが入られても困る。 浴室に入ってはっとした。
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