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「流石、エリートの警視様だ。定年間際の警部補ごときを覚えて下さったとは光栄ですな」
油が浮いた褐色の肌に、今にも吹き出して笑いそうな顔。
完全に見下し、馬鹿にしている。
警部補ということは、警部の上が警視だから2階級上。
30歳も年下の上官に吐く言葉は、嫌味が凝縮されている。
「オカマ野郎とは誰のことでしょう?」
近藤課長はうてあわずに尋ねた。
「決まってるじゃないか。偉そうに俺たちへ命令してくる、あんたの気持ち悪い部下さ。なあ、お前ら、なよなよオカマ野郎の言うことには従えないよな?」
岩田警部補が近くにいる5人の部下へ言うと、くすくす笑って「従える訳ないじゃないですか。現場もしらない小僧に……失敬、小娘でしたね」口をへの字にする。
希子、我満。これは仕事。キレたら、ダメ。冷静にしないと。
「あの、人の命がかかっている一刻を争う状況で、何をふざけたことをぬかしてい……る……ん」
抑えられず噛みつこうとした私の口元を手で覆われる。指が長く綺麗な手でユズさんだとわかった。
「希子ちゃん、安い挑発に乗らないで。所轄は本庁の人間を嫌うの。ただの妬みよ。落ち着きなさい。大丈夫、しっかり見てて」
耳元でひそひそと告げられる。
「初めて見る女だな。血の気が多くて、こっちは女の姿をした男か?変わり者には変わり者が寄ってくるんだな。こりゃ面白い」
緊張感のきの字もない。
いくら気に食わない人から仕切られるのが嫌でも、こんなどうでもいい話より目の前の事件が数億倍も大事。
今頃、人質のおばあちゃんは怖くて震えているだろう。
「新しく入った俺の部下の望月希子です。宜しくお願いします」
近藤課長は私の後頭部に手を当て、一緒にお辞儀をさせた。
くぐもった声で「宜しくお願い致します」呟くように言う。
「頭下げられたら仕方ないなぁ。じゃあ、若い女には弱い俺だから色々教えてやるよ。色々な」
本気じゃなく、冗談だとわかる下ネタで部下たちを笑わせ、満足気に腕を組んだ。
セクハラ、完全アウト。
この人は昔の警察から進歩していない。
定年前だから言いたい放題。それがまた悔しさを倍増させた。
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