3月 ①

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1時間ほどで事情聴取は終わり、お互いの話に整合性が取れたため、痴漢男はそのまま留置所行きとなった。 私は被害届を出し、今後も起訴するため警察から連絡をすると聞かされる。被害届側も大変。怖い想いをして、先々でも思い出しながら話をしなくてはいけないなんて。 トラウマになる人、精神的に追い詰められる女性は数えきれない。警察学校では都内だけで1日7件の痴漢が起きていると習った。1年間で2555件。 でもこれは逮捕された件数で、被害届を出さなかった人を含めれば倍以上になる。東京だけで年間5000人以上が痴漢にあっている計算。 それを考えれば、今日痴漢にあったショックより怒りが上回り、私の被害で1人を逮捕できただけでもよかったと思う。 自分の性欲で女性を傷つけるなんて、やった本人は軽い気持ちでも被害を受けた側は一生記憶を背負っていかなければいけない。 鉄道警察の人は私が警官だと知って驚き、激励してくれた。まだ新米だと伝えると、仕事へのやりがいを熱く語られ、私は作り笑いを続ける。 やっと解放され交番を出ると「お疲れ様」出口の脇にイケメンさんが立ち、ペットボトルの紅茶を差し出す。 「え?まさか待ってくれてたんですか?」 彼は小さく微笑む。特に返事をしないということは、図星だったのかも。 私はペットボトルへ視線をやり「助けてもらったのは私なのに、受け取れません。何かお礼をさせて下さい」手を横に振る。 「せっかく買ったんだ、ほら」 彼は私の手を握ってペットボトルを渡した。 肌が触れただけなのに、ドキっとする。 「あ……ありがとうございます」 「俺は近藤(近藤) 陽之季(ひのき)。君は?」 「望月(もちづき) 希子(きこ)です」 「望月?」 心なしか近藤さんの眉が上がる。 「どうかされましたか?」 「いや、何でもない」 勘違いだったよう。それにしても、イケメンはいくら見ても飽きない。大きく変えはしないけれど、少しでも違う表情を目にするだけで、ずっと見ていられる。 普通の女性なら一目惚れか、心の半分は持っていかれるはず。 でも私には婚約者が居るから、さらさらそんな気は無い。 半年後には結婚式。 なぜか私は婚約者である直弥が脳裏をよぎった。 久しぶりに会いたい。 警察学校や結婚式の打ち合わせで、なかなかゆっくりと会えておらず、強く直弥へ癒しを求めている。 私は我に返ると「近藤さん、今日は助けて頂いてありがとうございました。また私を見かけたら、声をかけて下さい。早く出勤しないと、第一印象が悪すぎますので、失礼します」深くお辞儀をして、駆け足でホームに向かう。 背後で「ああ、また」と呟くような声がかすかに聞こえた。 直弥を思い浮かべた理由がその場を去った後でわかる。 私はきっと、あんな素敵な人と話していると浮気をしている気分になったから。
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