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ももかは小学校で、日本人の子供は相手にしないことにしていた。
こそこそコソコソ陰口言いやがって!そのくせ、あいつらの母親は、この私に「どこの塾に行っているの?」と探りを入れるんだよ!
「塾なんか行ってないもん。お父さんと図書館に毎週行っているだけ。」と事実を伝える。
毎週、図書館に行きたがる父親だから、こうなってるのが分からない親!勉強ができる方法は無い!興味と意欲がなければ無駄。こんな当たり前の「事象の始まりと帰結」が結びつかない親のせいとしか言えない。言わないけど。
インドの子と英語でカレーの話ししていた方がマシ。
「日本のカレーはインドのカレーとは違うよね?」
「うん。カレーって言わない。カリって料理はある。日本のカレーは日本料理だよ。」
「インドでは、普通の人は何を食べてるの?」
「野菜料理はサブジっていう。日本のお惣菜みたいな感じ。肉はタンドリーが有名でしょ。宗教の問題で食べられる肉が違うからさ。チキンが多いかな。日本のインド料理屋はナンが多いでしょ。インドではチャパティの方が一般的。ナンは発酵が必要だから面倒なんだ。」
ほら、一つ利口になった!と、ももかは何時も思う。
時々、スマホやらPCでも悪口吐かれてる。あまりにも悔しい時は、ももかはウィルスを仕込む。自分が作ったウィルスじゃ無いのを仕込む。他人のスマホからみんなのスマホをオシャカにする。父に言ったら叱られるけど、言わないから大丈夫。
子供のももかにとって子供であることは最強の武器だった。
まさか、7歳の子がやることだとは誰も思わない。
ももかは「神澤ももか」という「個性」を理解しない周りが悪いと思っていた。
時折、ももかに浮かぶ青い空と草原の風景。それは夢の時もあるし、白日夢のようにビジョンとして浮かぶ。
そういう時、日本はあまり良い国じゃないと思う。まるで、紐付けされているように、その思いは浮かんだ。
「帰りたい。」
それは涙を伴うこともある。この感情を「望郷」というんじゃないかと賢いももかは直ぐに思い至った。
あの場所は、前に住んでいた「奥多摩」?
でも、お母さんが長いこと病気で入院していたので私は立川に預けられていた。奥多摩にいたのは、もっともっと小さい頃。それに奥多摩は山だ。
何か変だ……ももかは、気づき始めた。
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